八 ボーイミーツガール
「僕と、青香が……?」
「付き合ってたんだ……」
「そういやアレはビックリしたっけなー。けっこう仲良さげだったぜ。祭り終わるまでずっと一緒にいたもんな」
「付き合うことになったって、僕が言ったの?」
「おん。そう言ってた」
「そうなると、がぜん二股説が再浮上してないかい?」
「やっぱり僕は、最低人間だった……」
「ちゃんと謝ろう戦場くん。今なら焦土くんも説明してくれるからさ」
確かに、二度も記憶を失っていたのなら、たった一度だけ記憶を失った場合よりも、まだ説得力があるかもしれない。それに嵐はある程度事情を知ってるし、青香とも部活が同じなら信頼もある。彼が説明すれば、二人も聞く耳ぐらいは持ってくれるはずだ。
しかし、当の嵐は怪訝そうな顔で首を傾げていた。
「説明するって、何を?」
「僕が記憶喪失なことをだよ」
「……なんで?」
「………」
僕と先生は思わず頭を抱えてしまう。
そうだった。小中の頃から、嵐はずっとそんな感じだったのを忘れていた。
嵐は根っこの部分は素直でいいやつなのだが、思いやりというか、相手の立場に立って物を考えることをしない人間だった。(できないのではなく、しない。そこが重要だ)それでいて、物事を深く考え込まないタイプなので、説明しろと言われても彼の中では「どうやって、何を説明すれば?」という風になっているのだろう。
「そういや、嵐くんは見た目が良くて運動もできるから、けっこう女子から人気なんだ。ただ、ものすっっっごくデリカシーが無いから、彼を知ってる人からは評判がよくない」
「ええ、知ってます。今思い出しました」
「なー犬助。俺腹減った」
今まさにそのデリカシーの無さを発揮している嵐に、先生がこっそり横から耳打ちする。
「説明……無理かもね」
「やっぱり、僕が自力で事情を解明するしか無さそうです」
「もうこうなったら先生も気になるし、協力するよ」
先生はそう言って、電話番号とメールアドレスの書いた紙を僕に渡す。
「……普段からこういうの持ってるんですか?」
「誤解しないでね。さっき書いたんだよ」
「女子生徒に渡したりしてませんよね?」
「そんな風に疑うなら、協力してあげない」
僕は先生に「冗談です」と言って、紙を受け取った。メールアドレスは「tachibana1221」。立花先生だったのか。
先生は「わかってると思うけど、他の人に教えちゃダメだからね」と最後に言うと、空腹でラーメン魔人になった嵐に引きずられる僕を、笑顔で見送った。
「いやー、食堂のラーメンってあんま美味くないけど、普通に食えるっちゃ食えるんだよなー」
昼前の食堂は若干混雑していたが、それでも学校が夏休み前だからか、そこまで人は多くなかった。
「嵐、ちょっと聞きたいんだけど……」
「お前何ラーメンにした? 俺は豚骨ラーメン」
「僕のはラーメンじゃなくてうどんだ」
「あ、それうどんか」
どんな間違いだ。
全開の嵐ワールドを前に、僕は一人頭痛に耐える。
「そんなことより、まだ聞かなきゃいけないことが山ほどあるんだけど」
「なんだよ。言っとくけど、俺ホントにあんま知らないぞ」
「でも、君はたぶん僕の一番仲のいい友達だろ?」
「ふふん。まあな」
嵐がラーメンを高速で食べながら得意げになる。ちょっとだけ可愛く見えてきた。もうこいつと付き合おうかな。僕が記憶喪失になっても軽く流してくれそうだし。
「そもそも、僕が一番初めに記憶を失くしたのは半月前のテスト終わり、車に撥ねられた時だよね?」
「そうだなー、あれはもう大変だったぜ。
病院連れてって、お前の親とかに説明して、よくわからんって怒られて……」
「じゃあ、君が救急車とかを呼んでくれたんだ」
「いや、違う。俺番号知らないし」
「119だ。命にかかわるから、絶対覚えときなよ」
「ふーん……あ、思い出したぜ。救急車読んだやつ、反だ。
今のお前と同じこと言ってた」
「紫が?」
ここで紫が出てきたか。イマイチ彼女の動きがよくわからなかったが、まさか僕の最初の記憶喪失の現場にいたとは……。
「お、噂すれば影」
「……⁉︎」
嵐の不吉なセリフに僕は思わず後ろを振り返ろうとしたが、途中でその動きを止める。
もう見なくてもわかった。
なんとなく、独特ないい匂いがしたから。
「やあ、浮気男クン」
「か、反紫……さん」
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