七 嵐が来た!

「へー、なんかまた散々だな、お前」


 興奮する彼を先生と二人でなだめたあと、ひときしりの事情を聞いた彼は、そんな呑気な感想を述べた。


 彼の名前は焦土嵐しょうど あらしと言って、僕の小学校からの友人だ。小中の記憶は残っているので、彼のこともやんわりと覚えていた。しかし、戦場犬助が言うのもアレだが、焦土嵐なんてものすごい名前だな。名前の荒ぶり具合が、彼の性格を実にうまく表している。



「というか、焦土くんは誰からこの話を聞いたの?」

「なんか四季島と反がすげえ怒ってたから、何があったんだって聞いたら、「あいつはもう死んだ」って」


 勝手に死んだことにされてるのか、僕。



「つかさ、お前また記憶喪失かよ。これで二回目だぞ」

「うん……ん?」

「えっ?」


 嵐がサラッと出した衝撃の真実に、僕と先生は思わず彼を二度見した。


「に、二回目……?」

「そ、そうなの? 戦場くん」

「僕に聞かれても……」

「アレだよ。多分クセになってんだな。いっかい足捻ると、しばらく捻りやすくなるみたいな感じでさ」

「そんな簡単に記憶喪失になっても、困るんだけど……」

「ちなみに記憶がなくなったのって、いつのこと?」

「先々週のテスト終わり」

「先生が、最後の噂を仕入れた日ですね」

「その時はなんで記憶がなくなったか知ってる?」

「なんか車に撥ねられたんだよ。俺も詳しくは知らないけど。まあ大した怪我はなかったし、よかったよな」

「ダメじゃんか戦場くん。ちゃんと病院行かないと」

「さすがに撥ねられたら病院には行くと思いますけど……次記憶なくした時に言ってください、それは」

「えー、もう忘れんなよ。いろいろイチから教えるのめんどいし、俺も忘れられるのショックだし」

「気をつけるよ……気をつけてどうにかなればの話だけど」

「焦土くんは、二人と戦場くんのことについて何か知らないの?」

「なーんも知らん。犬助ってあんま恋愛の話とかしねえし、四季島は部活一緒だったからちょいちょい関わりあったけど、そんな込み入った話するような仲でもないし」

「僕が二人のどっちかと一緒にいるのを見たことは?」

「あー……そういや、最近はよくいるなーって思ってたぜ。なんか夏祭り一緒にどうとか」

「それだ!」


 僕より先に、先生が机から身を乗り出して声を上げる。

 今や彼の気分は恋愛名探偵だ。


「ちなみにそれ、青香と紫、どっちの話?」

「知らん、忘れた。そんなことよりラーメン食いに行こうぜ犬助」

「後でね」


 こんな時でも呑気な嵐をよそに、先生は意気揚々とホワイトボードを引きずって戻ってくる。


「つまり、時系列としてはこうだね。

 まず、半月前に戦場くんは車に撥ねられて、一度記憶を失った。次にその週の日曜日に夏祭りがあって、そこで二人と何かあった。そして今、君はまた記憶を失って、二人にどっちと付き合うか詰め寄られている」


「改めて見るとソーゼツだな」

「呪われてるのかな、僕」

「夏祭りの時、焦土くんは何してたの?」

「え? ふつうに犬助と一緒にいたけど」

「へ?」

「えっ?」

「ん?」


 てっきり二人の女の子のどちらかと居たと考えていた僕と先生は、また平気な顔で新事実を告げる嵐に口をぽかんと開く。


「い、戦場くんは女の子といたんじゃないの……?」

「あー……なんか四季島に呼び出されてたな。そういや」

「えっ⁉︎」

「ん?」

「それを先に言ってよ、嵐」

「いや、ホント一瞬だったんだよ。なんかいないなーって思ってたら、犬助が四季島と一緒に戻ってきてさ」

「その時は、僕か青香は何か言ってた?」

「なんか、付き合うことになったって」

「え」

「えっ…」


「「えええええええっ!!!」」



 嵐の持ち出す重大事実の連続に、僕と先生は保健室が揺れ動かんばかりの叫び声をあげた。

 もう訳がわからない。いっそのこと、もう一度記憶を失ってしまいたい気分だった。

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