二 晴天の霹靂

まず、一旦状況を整理しよう。

 僕は何処かの田舎の高校生で、名前は犬助というらしい。親のネーミングセンスとか、どういう所以ゆえんがあって犬助になったのかとか、色々気にはなるけど……まあそれはいいだろう。


 現在僕は記憶喪失中で、二人の女の子から同時に詰め寄られている。

 一人は青香せいかという名前の女の子。ショートボブで活発そうな子だ。若干日に焼けてもいるから、多分運動部なんだろう。どうやら彼女は、記憶を失う直前に僕を突き飛ばしたらしい。十中八九、記憶喪失の原因は彼女だろう。

 もう一人の飄々とした感じの子はむらさき。青香と対照的な若干癖のあるロングヘアーで、肌は色白だ。彼女が青香に「突き飛ばしちゃえ」とそそのかしたらしい。


「早く決めて、犬助くん」

「私たち二人、どっちと付き合う?」

 そして、今僕がいるのは、どうやらとんでもない修羅場の渦中だったようだ。

 二人の女の子はめいめいに殺意のこもった目つきで僕を睨み、こちらを地面へ叩き落とさんばかりに、グイグイと詰め寄ってくる。当然ながら、僕に心当たりは一切ない。

 一体なにをやってるんだよ、記憶を失う前の僕は。まるで他人の借金を肩代わりさせられたような気分だ。

「前みたいに逃げようとしてもダメだからね」

「こんど逃げたら、もう絶対に許さないから」

 しかも1回逃げたらしい。僕ってとことん最低だな。


 しかし、これは恐ろしく困ったことになった。どれくらい困ったかって、炎天下の山道のど真ん中でスマホの充電が切れて道に迷って、食料と水も尽きかけでしかも熱中症寸前っていうぐらい困ってる。


 側から見れば二人の女の子に「どっちと付き合うか」なんて詰め寄られるのは、ひょっとすると羨ましい状況なのかもしれない。僕だって、目が覚めていきなりモテモテな自分に、少しも浮かれていないと言えば嘘になる。ただ、実際に怒れる二人の顔を見た途端、僕の浮ついた考えは即座に消えて無くなってしまった。女の子の殺意って思った以上に恐ろしい。なんというか、とんでもなく鋭角だ。心の奥深くまで切り込んできて、そのまま心臓を刺し貫く鋭さがある。


 そして何より一番僕が困ったのは、もう「記憶喪失だ」と言えなくなってしまったことだった。

 どういうことかわからない人のために、一旦僕の脳内でシミュレーションしてみよう。


『どっちと付き合うの?犬助くん』

『早く決めなよ』

『ごめん、凄く言いづらいんだけど……実は何も覚えてないんだ』

『……え?』

『記憶喪失……みたいで』

『………』

『………』

『…………』

『『……は?』』

『えっ?』

『こんな状況でもふざけるの?』

『信じられないよ。この期に及んで記憶喪失とか、もう逆に面白いもん』

『い、いや本当……』

『頭打って記憶喪失とか、アニメとか漫画の見過ぎじゃないの?』

『流石にキツイよ、犬助』

『本当なんだ!僕は何も覚えてないんだ!』

『なんか冷めた。私もういいや』

『私も。なんで犬助くんなんか好きになったんだろ』

『そ、そんな……』


 こうなる。


 だって二股して、しかも一度逃げてすらいる人間がいきなり「実は今記憶喪失でさ〜、アハハ」とか言い出したら、絶対殺したくなるに決まってる。

 しかし、かと言って、ない記憶をあると偽るのは恐ろしく難しい。二人の苗字も、具体的な関係性も知らないのに、どうやって記憶喪失を誤魔化せというのだろうか。しかも、それと同時に、僕は「二人のうちどちらと付き合うか」とかいう、仮に記憶があったとしても答えるのが難しい問題を突きつけられている。


「なに黙ってんの? 犬助」

「もしかして、まだ言い逃れしようとしてる?」

「やっぱもう一度突き飛ばす?」

「今度は屋上から落っことしそうだけど」

 まずい。彼女達の我慢に限界がきた。

「い、いや、違うんだ。これって凄く悩ましい問題だからさ。だって二人とも魅力的で、僕みたいなクズ男にはもったいないくらいの子だから……」

「なにそれ。犬助っぽくない話し方」

「ドラマかなにかの真似?」

「いや、その、違くて……」

「違う?なにが?」

「なんか要領得ないよね。フワフワしてる」

「適当に喋ってるなら、そろそろ本気で怒るけど」

「私も。いい加減笑えないよ」

 まずい。本気で、まずいことになった。なんか結局イメージ通りになってるし。

 何か考えないと。この状況を、打開する方法を……!


「……え?」

「へ?」


 その瞬間、「ピシャン」と凄まじい音が鳴って、僕の目の前が真っ白になった。

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