第48話 懐かしの顔

しんみりしている三人へ、場の空気を読まない集団がやってくる。


「ポンちゃーん、メシー!」

「すいません、お邪魔します」

「あら、シゲさん。あたし達というものがありながら新しいアルバイトを雇ったんですの?」


ゾロゾロとやってきた美少女軍団。

シンとは全く異なる成長を遂げた元チームメイトだった。

マリアは相変わらずお嬢様だった頃の口癖は抜けないみたいであるようだ。

しかしレイに至っては随分と胃が弱りきっていたような顔色である。

もう一人は知らないが、ヨウイチに親しい関係という時点で探し人である可能性は高いと踏んだ。


「あん? 誰がこんな汚れ仕事喜んで引き受けてくれるってんだ」

「だって現にそこに」


シゲの無遠慮な態度に、マリアは食い下がる。


「待ってマリア。もしかしてそちらの方は私達も知っている方かもしれませんよ」

「は? 誰のことよ」


マリアはもうそんな存在はいなくなったと踏ん切りがついたところであった。

シン。別れてから勝手にダンジョンで行方不明になった少女。

十中八九、キラに狙われた。

自分たちの身勝手さに巻き込まれて、それで悔やまないほどマリアは人間性を捨てていなかった。その悔しさがマリアに覚醒を促す。

今はもう落ちこぼれの精霊使いではない。

新たなMS使いとしての道を歩んでいた。


「こんなやつ知らないわよ!」


マリアはなおも吠える。

だがレイは必死に食い下がって、シンの肩に乗る真っ黒なスライムを見た。


「あれ、その子ってピッキー? まさか、そんなはずないわよ。だってシンはキラに拐かされて、それで人体実験されたって話じゃなかったの?」

「そうかもしれないと推測されてたけど、生きてたんだよ」

「えっと、何やら心配かけちゃってたみたいでごめん」


シンは、なるべく神妙な顔つきにならないように気軽に答えた。


「バカ!」

「うわっと」


マリアはシンに飛びついて、そのまま背後に回って手を取り間接技を決める。

ここは感動のハグとかじゃないのか? と思いつつもシンはその技を飽きるまで受けてやった。


「おかえり、シン。今までどこ行ってたの?」

「どうやらダンジョンの気まぐれに巻き込まれてたみたい」

「随分と見違えて、一瞬誰かと思ったよ。でも、ピッキーの存在で一目で分かった。ピッキーがそんなに懐いてる相手ってシンしかいないもの」

「レイも随分と雰囲気が変わったよね」


以前出会ったよりも随分と臆病さが消えたような気配があった。

マリアは変わらず猪突猛進のようで、苦労してるんだなと労ってやる。


「そうだ、僕お料理作れるようになったんだよ。よかったら食べってってよ」

「へぇ、あたしの口に合うかしら?」

「ちょっと、マリア。心配し損ねたのもあるけどそんな言い方ってないよ?」

「言っておくけどシン、あたしの舌は肥えてるわよ。ちょっとやそっとの味じゃ満足しないんだからね!」

「1000円以上の味は確保してるさ。まぁ見てて」


1000円以下のランチは食べない。過去にマリアが言っていた言葉である。

それを受けてマリアも、目の前の存在がシンだと認識し始める。

らしくはないが、マリアなりにカマをかけていたのだ。


「味は俺も保証する。たまげた進歩だ。きっとお嬢さんも満足するだろう」

「お、ポンちゃんが太鼓判押すって相当だぞ?」

「そちらの方は?」

「ああ、シンは初めてだったな。俺の連れの藤本ヨウことヨッちゃんだ」

「よろしくな、シン。お前のことは部下から聞いてるぜ?」

「部下というのは?」

「あたし達のことよ」


マリアが胸を張って答える。

話の続きをレイが補足してくれる。


「今私たちはヨウ隊長のもとで魔剣部隊フェイスに参列してるんだ」

「魔剣というと、あのキラが模倣したっていう?」


模造魔剣。マテリアルソード。

あの時は劣勢に追い込んできた脅威でしかなかったけど、今じゃマリアもレイのその担い手だと知って胸が熱くなる。

なぜだか自分ばかり置いてけぼりになった気持ちになって、なおさら料理で見返してやろうという気持ちになった。


「師匠、お手伝いしてもらっても?」

「もちろんだ。本来は俺の仕事でもあるからな、ヨッちゃん達をもてなすのは」

「じゃあ、胸を借ります」

「さて、あらかた素材は揃ってるが、要望を聞こうか」

「ならあたしは──」


そこには団欒があった。

無くしたと思い込んでいた悲しい過去。

そこにあった団欒が再形成されていく。

シンが料理の腕を振るい、ヨウイチが足りない分を捕捉する。


提供された料理はシンプルな品であった。

ヨウが酒飲みなのもあり、おつまみの形で提示される。


「シン、あたしにはこれが相応しいって言いたいわけ?」


マリアは焼き鳥の串を摘み上げ、嫌味ったらしく言った。

バカにされてるのではないか? という感情が込められている。

しかしレイはまた異なる感想を述べていく。


「容赦ないねマリアってば。あのシンがこんな食べれそうな形をしている食事を提供したという進歩を褒めるべきところだよ?」

「レイもレイで酷くない?」

「シンは見ていて危なっかしかったということを自覚しなさすぎなんだよ」


言われて初めて気がつく仲間の心配だった。

そんな仲間内の会話を横目に、ヨウがパクりと食いついた。


「あ、うまっ。なんだこれ。一見して鶏皮なのに、ちゃんと鶏肉の味もするぞ。一体どうなってんだ?」

「そうなんですか?」

「おうよ、オレは味にうるさいのよー? こと酒のつまみに関しちゃ蘊蓄を語れるレベルだ。その上で言わしてもらうけど、これを食わないのは人生の損失だぜ?」

「そこまで言われるんでしたら」


意を決してレイが口にする。

思わず目を見開き。箸で串から肉を外してから今度は一つづつ味を確かめるように咀嚼する。


「うそ、本当に? これ鶏皮なんだよね?」

「見ての通りだよ」

「本当に鶏肉の味がする。しっかりとした胸、ジューシーなモモ。極め付けはこのタレ。雑味がなくて恐ろしいくらいにお肉とマッチしてるわ」


自分と同じくらい舌が肥えてるレイがここまで絶賛するというのも珍しいことだった。マリアは上司と同僚が絶賛するので意を決してあまり口にしたことのない味を頬張り、


「ん!」


とろけるような笑みを浮かべた。

言われた通り、噛んだ瞬間は鶏皮のどこか油っぽい感じ。

しかし噛み締めるたびに溢れる肉汁。それはサラダチキンのようなしっとり感に、程よく油の乗ったモモ。漬け込んだタレもまた食欲をそそる。

気づけば一本食べ終えていた。

なんて食べ応えのある一本なのだろうか。

まるで魔法にでもかけられたみたいな錯覚を覚えているマリアだった。


「お見それしたわ」

「お口に合うようでよかった」

「シン、オードブルはそれくらいで、次はサラダだ」

「はい」

「おいおい、居酒屋のノリでフルコースでも出す気か?」

「そのまさかだよ」

「マリアのご要望だからね。まだ本気の一片も見せてないから、楽しみにしてて」


シンは笑い、マリアは前菜で舌鼓を打ってしまったことに自尊心を傷つけられていた。フルコースが初めてという話ではない。

今まで食べていたものがちっぽけに感じるほどに味に感動したのだ。


多分今日、それらは更新される。

悔し句もあるが、どこか満足げなマリアだった。

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