第47話 奇跡のスープ
「魔法だって!? 一体それは」
「俺も少し興味あるな。シンがあれからどんな体験をしたか」
「別に特別なことはしてませんよ。今まで通り、全力でことにあたっていただけです」
シンはいけしゃあしゃあと言う。
それくらい、本人にとっては至極当たり前のことだった。
常人が聞けば正気を失う日程を難なくこなしてきた。
一度底の底を味わった死んだからこそ、乗り越えられた工程とも言えたのだが。
「実を言うとこれはちょっとしたズルなんですが」
シンは恐る恐る懐から小瓶を取り出す。
内側に封されたのは黄金色に輝く液体だった。
「なんだろう、未知の調味料かな? 味見させてもらっても?」
「構いません」
ヨウイチからの要請に、シンは快く快諾。
瓶の中身など、公にされても特に問題はない。
これそのものに味がついてるわけではないから。
ただし、味にこだわる師匠であった。
ただ混ぜただけで作れる品ではないのは確かである。
「なんだろう、爽やかな風味だ。しかしこれといった味覚への変化は訴えてこない。シン、これはなんだ?」
「エリクサーです。お師さま曰く未完成ではあるようですが」
「エリクサー?! それって死者すらを蘇生させるっていう?」
「そうですね。完成品だったらそれができると信じられてるアレです」
「だが未完成品と言ったな、それを使うことであの無味無臭のスープがどうして化ける?」
薬品の正体を知り、盛り上がるヨウイチとシゲ。
「これ、食材が生きてた頃の食感を想起させるものなんです。先ほど食べた串にもこれを仕込んでまして」
「謎の肉感の正体はこれか。しかしエリクサーなんて普通買えば億はくだらないぞ?」
「お師さまもそう言っていましたね。素材がクソ高いと。人件費を省いて販売しても誰も買わなかったと」
「その素材が入手できれば、これは生産可能と言うことか?」
「まぁ、僕でも作れますし?」
驚くほどの効果はない。
が、これがあるだけで底辺の暮らしをしている人は大いに助かる品であることは確かである。その上で量産が可能。となれば、ヨウイチは力を貸すのはやぶさかではなかった。
「素材名を聞こう」
「サンダードレイクの肝、目玉、角らしいです。あいにくと僕はそれがどんなモンスターかも知りもしませんが」
「サンダードレイクならストックがあるな」
「本当ですか!? あ、オリンちゃんの次元バッグかな? あれなんでも入るもんなー」
シンはうっかり二人だけの秘密を漏らしてしまう。
これに対してシゲは特に何も言わなかった。
なにせ普段から『どこから取り出したんだ、それ?』と言う対応に『内緒です』と返していた関係であるからだ。
タネも仕掛けもあったのだと納得した形である。
「シゲさん、少し解体場を使わせてもらうぞ」
「おうよ、ちょうど午前の解体は終わったとこだ。午後の仕入れまで時間はある。その間に片してくんな」
「感謝します。ではシン、素材を集める。お前はその調薬とやらを見せてくれないか?」
「あ、それは流石に今日の今日というわけには」
「ぬ、難しいか?」
「難しいというか、調薬は一朝一夕で出来るもんじゃないので」
「そうなのか? 何か素材と水を混ぜるだけで出来るみたいな感覚だった」
「師匠も言ってたでしょ? スープを作るのだって何時間もかけてアク抜き、食材の旨みを引き出すもんだって」
「コンソメの黄金スープの話か? そりゃあ確かに一日以上かけて煮込むが」
「それと同じで抽出にそれくらい時間をかけるんですよ。希少に輪をかけて時間をかける。一本あたり抽出するのに二週間は必要ですかね? それでも十分な調薬備品が揃ってればの話です」
「そんなにかかるのか!」
シゲもヨウイチも驚く。
どこかで調薬というのを甘く見ていた。
シンでも出来ると聞いて、それは素人にも出来ると勘違いしてしまったのだ。
しかし実際には相当な期間を設けるときいて空いた口が塞がらないでいる。
「まぁ、調理に使うのはほんの数滴ですので一本でもだいぶ日持ちしますけどね」
「それでも素材は抜き取っておこう。素材提供がわりに数本頂ければと思っての提案だったが、そんなに日数がかかるのであればな」
「あ、欲しいんですか? だったら数本くらいプレゼントしますけど」
「えっ」
「え」
突然固まったヨウイチに対し、自分は何かまずいことを言ってしまったかと疑問に思うシン。
「在庫があったのか?」
「そりゃ、備蓄するでしょう、こんな便利なもの」
「人が悪いぜ、坊主」
「作れるとは言いましたけど、作るとなるとそれくらいかかるって話で在庫はありますよ? 作るとなったら素材が今の僕は持ってないというだけです。聞き方が悪いんですよ、二人して」
買うより作ったほうが早いと考えてしまうヨウイチと、自慢の技を披露してもらうつもりでいたシゲ。
仕事といってもすぐにやれるわけではない。
もし何もない、素材もない場所で解体の手本を見せてみろと言われてもシゲには何もできないのと同じだ。
シンは当たり前のことを言ったに過ぎなかった。
「と、まぁ僕は調薬の師匠と錬金術の師匠の元で修行してきた実績があります。それを料理に生かして、こういうことができるようになりました」
「大したもんだ。見た目だけでなく、すっかり中身まで大きくなりやがって!」
シゲは変わり果てたシンの見た目を気遣うことなく、普段通りに接してやる。
「あはは、シゲさんは相変わらずですね」
「シゲさんが一番シンの心配をしてたまであるからな。俺は心配いらないって言ってるんだが」
「強さとか、飯が作れる以前にこんな年端も以下ねぇ子供をダンジョンに向かわせるってのに俺は反対してたんだよ! でも食ってかなきゃいけねぇ。俺はそんな子供達になんとか食いっぱぐれねぇように仕事を斡旋してやることしかできねぇ。せめて満腹になって欲しくて、賄いまでつけてやってるんだ」
シゲの事情を聞き、シンもまた涙する。
過去にどんな事情があったかまでは知らないが、それに救われてきたのも事実。
両親の顔を知らないシンにとって、シゲは育ての親のようであった。
「なんだか腑に落ちました」
「何がだ?」
「ここに来るたび、僕は安堵するんです。多分これが実家に帰ってきた! という感覚なんでしょうね。思えば僕は狙ってこの仕事を引き受けてきたような気がします」
「飯で釣るってのはどこでもやってることだぜ?」
仕事を気にいるかはまた別の話だとシゲは述べる。
「それでも、身寄りもない、能力も低い僕に親身になってくれました。僕はそれが嬉しかったんです。ダンジョンの仕事では、蔑ろにされていましたから」
「ダンジョンは特に実力主義だからな。見てりゃわかるだろうに、シンが仕事に一生懸命だってことは」
「どこの世界も自分の基準と近しい人たちで固めますからね」
ヨウイチも過去似たようなことで爪弾きにされたものだと語った。
シンから見たら信じられない出来事だ。
「師匠ですら爪弾きにされる世界があるんですか?」
「俺だって最初から強かったわけじゃないぞ?」
お前もそうだろ? と聞き返されてシンは押し黙る。
弱かった。強くならなければ迫害は激化する。
自分の力でのし上がる必要があった。
その結果要らぬトラブルに巻き込まれた。
本人はただ自分の腕を試したかっただけ。
シンもまた同様だ。
空腹を満たすためならどんな汚れ仕事にも屈せずやり遂げた。
「お前はガッツがある。だから心配はしてない。けど、皆が皆俺と同じような考えを抱かない。お前を心配している人がいる。その人には顔を見せてやれ」
「師匠にもそんな人が?」
「もう二年以上顔を合わせていない。早く帰りたいんだが、どうにもダンジョンというのは気まぐれみたいでな」
ヨウイチは好きこのんで放浪してるわけではないと述べた。
シンは早く帰れるといいですねと祈ることしかできなかった。
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