第46話 魔法の串焼き

「シゲさん、お久しぶりです」


ボイコットした割に、工場内は雑多に肉が積まれていた。

シンは肉をかき分けながら澱みない動作で歩き、目的の人物に会うなり挨拶をする。


「ん、誰だ?」

「シンじゃないか。無事だったんだな」


代わりに答えたのは一緒に作業していたヨウイチだった。

シンが太った原因はヨウイチにある。見慣れた姿だからこそ一眼でそれがシンであるとわかったのだ。

しかしシゲは見違えた姿に面食らっていた。


「何!? お前坊主か?」

「ええと、性別を申告してなかったのは色々トラブルがあるからで」

「いや、いやいやいや。そうか、それはしょうがない。無事こうして会えただけでも嬉しいよ。今までどこで何をやってたんだ?」


シンだとわかるなりシゲは表情を柔らかくして近づいた。

流石に変わりすぎだろ、と内心で思ったが顔には出さずに対応する。

今までみたいに体をベタベタ触るのも失礼か? などと思ってスキンシップは軽めにした。


「僕としてはずっとダンジョンの中にいたんですけどね。どうも世間はそう思っていないようでして」

「きっとダンジョンに囚われたんだな、よくあることだ」

「ヨウイチさん、あんたもそんな現象に立ち会ったことが?」

「二、三度ある。現にこうやって今ここにいるので3回目だからな」

「そういえば、探し人は見つかりましたか?」

「ああ、今は上位ハンターと共に逃げ出した指名手配班を追い詰めてるよ」

「えっ」


シンは訝しむ。

探していた相手は確か自分と同じ年頃の少女という話だ。

それがなぜ上位ハンターと一緒に行動しているのか?

さっぱりわからず首を捻る。


「ヨウイチさん、あんたは話を飛ばしすぎだ。シン、ヨウイチさんの探してる人はそこのハンターに一時保護されてたって話だ」

「あぁ! だから行動を共にしてる?」

「最初は一宿一飯の恩義だとかで働いて返すつもりだったらしいが、腕を見込まれたらしくてな」

「ヨッちゃんらしいや」


ヨウイチは屈託なく笑う。

探し人が危険な目に遭ってるかの心配はしないのか? と疑問に思うシンである。

聞いてみたらおかしそうに手を振りながら苦笑した。


「ヨッちゃんを心配? ないない。あの子俺より強いんだぞ?」

「それは……」


シンは言葉に詰まる。

アスカとやり合ったらまず間違いなく軍配が上がるのはヨウイチであろうという認識でいたシン。だからこそそれより強いと言われて言葉を失っていた。


「まぁ、暴れて人様に迷惑をかけるのが得意なだけで、一人で生きて行けるかは全く別の話なんだけどな」

「その子もヨウイチさんの飯に胃袋掴まれちまってるそうだ」

「それは納得です」


どうも面倒見てる間になつかれてしまったそうだ。

シンも同じ経緯を得ているので深く納得した。


「それよりシン、お前あれから料理は上達したか?」

「もちろんです。今日はその成果を見せるためにこうして足を運んだわけですから」

「あれから連絡が途絶えて心配はしてたが、そうか……料理を続けてるんなら安心した」

「師匠の他に新しい人に師事してました。なのであの時の僕と同じに考えてほしくはないですね」

「お手並み拝見と行こうか」

「と、いうことでシゲさん。調理場をお借りします」

「それは構わんが、素材はあるのか?」

「そういえば」


料理するつもり満々でいたが、素材を用意してないことを思い出す。

ダンジョンの中でなら、食材の方から襲ってくるので事足りなかったが、ダンジョンの外ではそうはいかない。


シンは周囲を見渡し、堆く積まれた不必要部位に目をとめた。


「でしたら、こちらのお肉を使わせてもらいます」

「これはほとんど食べられないゴミだぞ?」


シゲは賄いにも入れないほどの筋引きした部位や油ばかりだと揶揄する。


「料理というのは一見して食べられないものを美味しく仕上げる魔法のことを言うんですよ。ね、師匠?」

「ああ。俺もあれは勿体無いと思っていたんだ。何か手伝おうか?」

「では湯沸かしをお願いします。ピッキー、筋切り包丁」

「ぴき」


真っ黒なスライムが飛び跳ねて、シンの手元で漆黒の包丁になる。

勝手知ったる他人の家で、シンは筋肉を丁寧に切り分けた。


「串焼きにするのか。いいね野菜は何を使う?」

「ネギを挟んで臭み消しにしましょう」

「タレは?」

「とっておきの秘伝のがあります」

「俺の知らないやつだよな?」

「後から師事した方の技術ですね」

「楽しみだ」


シンがヨウイチに指示していたのは本当なのだろう。

お互いに声掛けしながらスペースを確保しながら準備が進められていく。

シゲは不思議な気持ちになりながら、その様子を見守った。


元々シンは丁寧すぎるほどに仕事に熱心な小僧だった。

それが見違えるほど綺麗になり、今は自分の知らない仕事に打ち込んでいる。

もし自分に娘がいたのなら、嫁に出す父親とはこんな心境なのかと、勝手に思い込んで涙ぐんでいた。


「お待たせしました、まだまだ未熟者ですが、一つ味見お願いします」

「ああ、味わっていただくとしよう」


試されてる気持ちで、シゲは串に刺さった衣を纏う不思議な料理に噛みついた。

ザク、ほろり。

ザクザクの皮の中からこぼれたのはまるで長時間煮込んだ牛すじのような食感。

筋と油しかないと言うのに噛み締めるほどの肉々しさまで感じた。

目を見開きながらシゲが感嘆する。


「うまいな。坊主、もうこっちの腕だけでも食ってけるぞ?」

「大袈裟ですよ。まだ僕は料理の道に入ったばかりです。お店を開くにも、経営の仕方を知りませんし」

「飯を作るのと店を出すのは話が異なるからな。俺も人から勧められて店を出さないかって言われたけど、自分のやりたいことを優先させたよ。どうも俺は自分が好きなように飯を作るのが好きらしい」

「わかります、僕もまだ、そうです」

「褒め言葉のつもりだったんだがな、受け方にとっちゃ呪いにもなっちまうか」


そこまで大袈裟に受け止められるとは思わなかった、とシゲ。

ヨウイチは今でこそ流れの料理人などやっているが、それなりに苦い経験もしているのだろうと察して、それ以上は何も言わなかった。


「それと、こちらも作りました」

「串焼きだけでも胸いっぱいだったのにまだあるのか?」

「食べ物だけだと喉を詰まらせてしまいます。僕は師匠からスープも大事な要素であると教わりました。そしてスープはメインにもなり得ると」

「いただこう」


ヨウイチという人物と付き合って二年。

いまだに腹の底が見えない御仁である。

そんなヨウイチの教えを受けたシンの成長を、シゲは見極めることにした。


メインにもなり得るスープ。果たしてそのお味は?

ズズッ……

一見して無色透明な具が一切見当たらないスープだが。

シゲはすぐにその見解を改めた。


「なんだ、これ」

「魔法をかけました」


自信満々に述べるシンを、シゲはただ見つめる他なかった。

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