第43話 調薬の師匠

「うそ、このポーション全く苦味がない!」

「だろう? 僕はポーションの味に真っ先に取り組んだ調薬師の一人だ」

「それに、疲労も少し抜けてるような?」

「君はなかなかに優秀なハンターみたいだね。そこに気づける人は多くない」

「ぴき!」

「君の相棒も気に入ってくれたようで嬉しいよ」


本来ポーションとは謎の力で傷を癒す飲み薬である。

しかしそのせいで味が悉く苦い。

しばらく食事をするのを控えるほどの苦味とケレン味が口の中を侵食するのだ。

なので食事前には絶対に飲まず、全てをやり切った後で摂取するのが一般的。


だがこれは全く異なる。

何だったら合わせ調味料としてもいける。

それほどの味わいだった。


「これは料理もできる君にうってつけの薬品だと思ってる。特に女性ならではの悩みも多いだろう?」

「?」


シンは男の中に混ざって生活してきたため、それが何なのか理解できない。

今でこそボディラインの起伏で女の子扱いされてるが、中身は全く成長してなかった。


「わからないならそれでいいよ。このポーションは味もさることながら美容面を全面的にバックアップしているんだ。例えば油物を食べ過ぎた翌日のニキビ、肌荒れ、乾燥、毛穴汚れをすべて無かったことにしてくれる神アイテム! と、女性陣からは人気でね」

「よくわからないですけど、すごいんですね」

「すごいんだよ」

「凄くても空腹時の助けにはならないと」

「そこは役割が違うからね」


困った時の助けにはならないが、女性関係では神アイテムらしい。


「で、どうだろう。これをご飯の恩返しの一つとして受け取ってもらえないだろうか?」

「僕は嬉しいですけど、買えば結構するんじゃないですか?」

「ゲーム内マネーで二億はするよね」

「億?という桁がわからないんですけど」


シンが今まで扱ってきたお金はせいぜいが万までだ。

小銭も紙幣も見て行きたが、それ以上の数字はないと思い込んでいる。


「いっぱいさ」

「いっぱいなんですねー。何だか得をしちゃいました」

「そうだろう、そうだろう? ゲーム内では高すぎるから値下げしろって何度も言われたものさ。手間を考えれば億でも安いってのにさ」

「ちなみにどれくらいの期間をかけて作ってるんです?」

「ざっと2ヶ月」

「うーん、一日に何時間その薬品にかけてのトータルです?」

「24時間オールタイムだが?」


あ、だめだこの人。

そんなのポンとくれちゃだめでしょう、とシンですら恐怖する。

しかし今更突き返したら困るぞという顔をされた。


「いやまぁ、時間はかかるが材料費が高すぎるのが問題でね。市場取引間での値段が下がれば多少の値引きもできるんだが」

「一体何のモンスターを扱ってるんです?」

「サンダードレイクの肝、目玉、角。これだけで9000万するんだ。それをじっくりコトコト煮つめて薬効を抽出するんだけど、その設備投資に6000万。うまいこと見極める経費でもろもろ5000万かかる。そこで二億で、僕の技術料はそこに入ってない」

「赤字じゃないですか」


シンでもわかる単純計算でも、作れば作るだけ損をする仕組みだった。

ヨウイチはそこにかけるコストを全部自分で賄うことで安く見積もると言っていたが、この人はそうではない。買い揃えることから始めて時間をかけて作るのだ。


その結果があの味と効果なのだろう。


「なんかこれ、一食の音で貰うの悪い気がしてきました」

「まぁ僕としても帰れないことには持て余す品物ではあるんだ」

「じゃあ、それまでのご飯のお世話しますね」

「そうしてくれたら助かる。それと、君にもし調薬への興味があるんなら直接指導したっていいし」

「ちょっと興味はありますね」


億、という桁はわからないがいっぱいのお金が動く。

今でこそモンスターを美味しく食べることに夢中なシン。

しかし経費を安く抑えたいというのが実情で。

あれほどの疲労回復効果があるなら、ありがたいとは思っていた。


「ならハントの間にでも教えてもらおうかな」

「よし来た! 改めて僕はライト。そしてこいつは相棒のライムだ」

「シンです、この子はピッキー。よろしくお願いします」


その日、シンはライトの弟子になった。

今まで避けていたただの苦味のある草。

しかしそれらを抽出する技術を知り、シンはますます調薬にハマっていく。

それらの技術は丸々料理にも使えるからだ。


「お師様! 今日のご飯です」

「お、バットの唐揚げか。でも、それだけじゃないんだろう?」

「もちろん隠し味もバッチリですよ」

「それは楽しみだ」


ライトは調薬を教え。

シンはそれを料理で提出する。

生業の違う二人だからこその質問と回答。


「うん、狙った通りの味わいになっている」

「本当ですか?」

「パリパリジューシーな衣に、ほんのりと香るカレー風味。一見してスパイスの合わせ技かと思いきや、これは僕の教えたカレーポーションだね?」

「はい。疲労回復、眼精疲労回復。胃腸促進、消化も良く一口で食べ終わるにはもったいない味わいに仕上げました」

「さすが僕の弟子! これはビールが進むな!」


ライトは調薬でビールを作り上げている。

シンはそれを美味しいとは思わなかったが、メモに書き留めていた。

もしかしたら誰かが喜んでくれるかもしれない。

ヨウイチも言っていた。レシピに無駄はない。

一見使えないレシピも何かの料理に使うこともできると。


調薬もそうだ。

ライトの教える調薬もどれも奇抜だった。

今まで価値のないものとされてきた雑草なんかが素材となっており、その価値を見つけ出した偉大な存在。

この人が世に出れば、それなりの知名度を与えるんじゃないかとすら思っている。


しかしシンは表立ってそれをしない。

したところで本人が喜ぶとは思えなかったから。

ライトは権力を嫌っているように感じた。

シンもそこまで興味はなかった。

なので何もしない。お互いに好きなことをして、生活できれば良い。

それでいいじゃないかと考えた。


それからおおよそ二週間後。

ライトは忽然と姿を消した。

元の世界に戻ったのだろう。

シンにたくさんの技術を残しながら、またどこかで餓死しそうになっているのかもしれない。


それでも心配はいらないとどこかで感じていた。

ライトはなんだかんだと口が達者だった。

あれならばどこでも生きていけるだろうという実感。


「また大切なものを教わっちゃった」


ダンジョンはあらゆる世界と繋がっていて、ここだけじゃない、他の人がたまに現れる奇妙な空間でもあった。

シンにとってはたまたま幸運に繋がっているが、それが不幸につながる人もいるんだろうなぁと感じながら、今日はライトに教わったカレーポーションを作って寝た。

美容ポーションはもったいな過ぎてまだ使ってない。

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