第42話 行き倒れ

「ふんふ、ふんふ、ふ〜ん」


ジュワァア!

シンの操るフライパンの上では適切に処理された肉が油を弾けさせながら焼き目をつけている。

良い師匠についた賜物だろう。

今では鼻歌を歌いながらでも似たようなことができた。


何より食いしん坊なシンの好みの味だったのが大きいか。

解体はただ肉を捌くだけではない。

とにかく味わいが大きく異なる部位の適切な処理が大事なのだと口を酸っぱくさせるほど言われたものだ。


「よし、中まで火が通ったのでちょっとお肉休ませるよー」

「ぴき」

「まさかラットの臭みの原因はこの肝だったとはねー」


捕食して消化する手前、味は全てまとまってしまう。

しかし解体の真髄を見て、苦味のもとは事前に取り除けることを知った。

無理に調味料で誤魔化すのではなく、取り除いて仕舞えばいいという至極当たり前のやり方だった。


「師匠の包丁さばき、全然追いつく気がしないや」

「ぴきー」

「もっと腕を磨かなきゃダメだって? まぁそれもあるよね」


シンはまだ料理の道を歩き始めたばかり。

すぐに追いつける差ではないことを自覚しながら、それでもあの味を引き出したいと思わずにはいられなかった。


師匠に教わった料理の中でも、抜きん出て好きなメニューがある。

それが唐揚げだ。

カリッとした食感の衣に、ジューシーな肉の味。

上からかけたソースの甘酸っぱさがいくらでも食べ進めるアクセントになる。

シンは真っ先にこの料理を覚えたものだ。


見ていて簡単そうだったから。

しかし実際にやってみると火加減の難しさに何度も手を焼いた。

外はカリッとしてるのに、中は生焼けだったりするのだ。

単純に油の温度が高すぎるのだが、肉の下処理が甘かったりと問題は多くあった。


自分で食べるだけならこんな手間はいらないのだが、シンには目標があった。


「僕だって料理ができるんだってこと、マリアやレイに見せつけてやるんだ」

「ぴきー」


きっと驚くよ。そんなふうにピッキーと語り合っている最中、どこかで助けを求める声が上がった。

料理中のお肉をピッキーの中にしまいこみ、シンは駆けつける。

また人攫いが発生したのではないか? このダンジョンでは頻繁に人攫いが起きているのを懸念していた。


「うぅ助けて。もう何日も食べてない。僕はここで死ぬのか、ライム。どうかお前だけでも良い人に拾ってもらうんだよ?」

「ぴきき!」


スライムを自分の代わりに助けようとしている風変わりな人物だった。

テイマーの、それでいてスライムを愛でる人に悪い人はいない。

シンがピッキーを愛するように、その人もきっと辛い事情があるんだろう。


「大丈夫ですか?」

「ああ、最後にこんな幻覚を見るとは。頼む、この子をどうか自然に返してやってくれないか。初対面でこんなことを頼める関係ではないと知っているが」

「お腹空いてるんだったら、ちょうど僕もご飯を食べるところだったので御一緒にどうですか?」

「いいのか?」

「ぴき!」


シンの代わりにピッキーが返事をする。


「その子は……僕のライムと違って勇敢そうだ。いや、君への懐きっぷりから相当に慕われてるようだね。スライム使いに悪いやつはいない。ここは一つ世話になろうか」


先ほどまでの、この世の終わりっぷりから180度態度を変えて、今度は真剣にシンの為人ひととなりを見定めてきた。

変な人だな、と思いながらシンはそれでもご飯に誘った。


「美味しい、美味しい。これほどの旨みに溢れたご飯は久しぶりだ」


本当に美味しそうに食べながら、その男は結局深夜ピッキーの分まで食べてしまった。以前までのシンなら怒り心頭だろう。

しかし今では考え方を変えている。

自分の作ったご飯が、人を幸福にしたという事実。


アスカから教わったスライムと共生するためにゲテモノを食べて、それに慣れ親しんだシンから大きく成長した。それを実感したのである。


「ラットのお肉をそんなに美味しそうに食べる人は初めて見た」

「何? このお肉はあの大ネズミなのか?」

「そうですよ。でも、適切な処理をしてればこの通り。僕なんかでも美味しくお料理できちゃいます」

「いや、これはその下処理が見事なんだよ。自分の力を卑下することはない。ああ、自己紹介が遅れたね。僕はライト。しがない調薬師さ。ポーションなんかの薬品を生業にしている」

「僕はシンです。一応ダンジョンハンターをさせてもらってます」

「ダンジョン? ここはダンジョンの中なのか」

「ええ、知らないで入り込んできたんですか?」

「そうかもしれない。僕はゲームで遊んでいたんだ。けれど突然この場所に迷い込んでしまってね」

「突然……」


それって以前出会った料理の師匠ヨウイチと同じ状態なのでは?

もしかして人攫いの情報が多いのって、ダンジョンは突然人を別の空間に送ってしまうものなのではないかと考える。

実際にダンジョンを悪用している人がいるのも事実であるが、全てがそうじゃないのかもしれないと考えた。


「何はともあれ、食事をいただいたお礼をしたいところだ。見たところ君はハンター、狩猟者を生業にしていると聞いた。怪我が絶えない職業だろう? ポーションは所持しているに越したことはないはずだ」


ライトの問いかけにどう答えようかと悩むシン。

なにせ体のほとんどはスライムだ。

しかし返そうとしてくれる恩を無碍にすることはないと考えながらありがたく受け取ることにした。

スライム使いに悪い人はいないという考えから。


結果、そのポーションは驚くべき効果を与えた。




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