第41話 料理の師匠

聞きなれない言葉だった。

それもそのはず、この世界ではまずお目にかかったことのない異形。

体高はワイバーンほどあり、背格好はドラゴン。

人間並の知恵を持ち、雷を操る。近づくことなく見たものを消滅させるSSS級討伐モンスターだった。

ブラックスライムよりも相当危険なそれを、目の前の男は砂漠と言って見せたのだ。

シゲやギルマス、シホも唖然としていた。

一体どんなゲテモノ料理が出てくるのかと思ったら、料理の方はきちんとしていた。

ただ、調理風景は早すぎて何をしてるのか全くわからない有様だったが。


「お待たせしました。我流で申し訳ありませんが、サンダードレイクのレバニラ炒めです。微電流で少しだけピリッとするのが特徴ですが人体にダメージは入らないように計算してあります。どうぞお召し上がりください」


意外なモンスターから意外なメニューが並んだ。

一品作り終えてもまだ男は動き続ける。

その間に味の評価をしようとギルドマスターが挑戦する。


「むほっ、何だこの芳醇な味わいは!」


目を見開きながら、今自分が食べた味を確かめるように何度も咀嚼して口の中の正体を確かめるが、どれも味わったことのないものだった。

続いて出されたのはミンチ肉にされたツミレ汁だった。

雷を纏う肉をツミレにして平気なのかと恐る恐る口に運ぶと、これまた想像していた味のひとつふたつ階段を飛ばした味覚を与えてくる。

今までに食べていた自分の飯がいかにチンケなものか悲しくなるほどにそれらは美味かった。


気がつけばギルマス以外にシホ、シゲ。その従業員に、書いた以上の前を通りがかった人までもがそれを口にし喜びの声をあげている。

異様な光景だった。

しかしそれほどの魅力がこの男にはあるのだと知り、今度はギルド側から依頼を出したくなった。


「あんたの腕はわかった。そのためのライセンスをだそう」

「ありがとうございます」

「ただひとつ、こっちからの条件も飲んじゃくれないか?」

「と、いうのは?」

「一人、救ってほしい子がいるんだ」

「救う? 救助依頼ですか? 俺はここの土地勘もなにもありゃしないですよ」


ヨウイチはこの人は一体何を言ってるんだという顔でギルマスを見やる。


「違う違う。そいつは迷子でも何でもない。ただな、生きてきた環境が劣悪すぎて大したご飯を食ってきてないんだ。あんたには即席でも何でもいいから、その子に飯を作ってもらいたい」

「うーん」


ヨウイチは自分も人を探してる最中に、そんな依頼を受けるべきかどうか悩んでいた。


「いや、受けましょう」

「いいのか?」

「その子の特徴を教えてください。どうせヨッちゃんが見つかるまで時間がかかるでしょうし、その間まででよければ世話しますよ」

「恩に切る」


こうしてギルド側と謎のモンスター料理人はがっちりと腕を組み、シンに美味い飯を食わせてやろう委員会が作成された。


そして、ダンジョンで異様な風景の中、その子を発見する。

これは直ちに正しい知識づけが必要だな、と。

ヨウイチは接触を試みた。


そこで正しい料理の技法、心構え。モンスターの臭み消し、料理の種類などを教えていく。おおよそ二週間いっぱい。捜索依頼の完了までヨウイチはシンに己の技術を惜しみなく分け与えた。


「師匠、もう行っちゃうの?」

「そういう約束だからね」

「僕、次会うときまで師匠に負けない料理人になって見せるから!」

「ああ、俺も楽しみだよ、シン」


自慢の弟子だ、と太鼓判を押されてシンは得意げになった。

ピッキーも料理のイロハを教え込まれて、今では包丁や大鍋、吸水ポンプや釜戸のスタイルにいつでも変身可能。

オリンとのリンクもしたので、いつでもヨウイチの扱う素材の出し入れが可能だった。代わりにシンの方からもその保管庫に素材を入れることができる。


どうもヨウイチは異なる世界からこの地球にやってきたらしい。

なので扱う素材はどれもめずらしいものばかり。

些細なものでも提供してくれるだけで嬉しいのだそうだ。


自分の中で確かな成長を感じたシンは、今までの料理とも呼べない野蛮な行為を恥じ、きちんと食材に心を尽くそうと思い直していた。


「今日のメニューはゴブリンのハンバーグだよ」

「ぴきき」

「ピッキーはこれ好きだったもんねー」


僕も好き! と言いながらシンはヨウイチに教わったメニューを模倣していく。

料理には心がこもる。

仕事ひとつ一つにも意味がある。

それを愚直にこなして、あとは慣れだと。小慣れて自分でコツを掴むしかないと言われたのでそれを繰り返している。


「師匠のご飯、どれも美味しかったよねー」

「ぴき」

「今日はスープもつけちゃうよー」


ハンバーグでミンチにした肉に胡椒、生姜をミンチにして和えたツミレ団子。

それを野菜クズで仕込んだ極上のスープの上に乗せた一品だ。


「うーん、おいしー」

「ピキュー」

「あまりの匂いにモンスターが寄ってきただって? 僕の幸せのひとときを邪魔するなんて許せないよね?」

「ピッキュー」


ピッキーもまたこのご馳走を食わせてなるものかと自らを包丁の形にして戦う。


「師匠は包丁さばきもすごかった。いける、ピッキー?」

「ぴきき!」


受け継いだのは料理だけではなく、戦闘技能もまた然り。

シンは当時より純粋に戦力を上げていた。

再び出会うとき、誰もが驚くだろう。

栄養豊富なご飯を食べて、肉付きはより女性らしくなっていくシン。

格好こそ男っぽいが、今では誰もシンを男と間違える人はいないくらいにボディラインが極まっている。

とはいえ、なぜそうなっているかもシン本人にはわかっていない。

なにせ心臓から下はピッキーと共有しているのだから。

そもそも胸までしかシンの肉体は成長しないのだ。

だから胸の成長に合わせて成長しているのかもしれないと、訝しんでいる。


「でもこのお料理、栄養価高すぎなんだよね。また太っちゃった」


胸と尻に栄養がつきすぎる。それが今のシンの率直の悩みだった。

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