第39話 ラットの蜂蜜漬けロースト
ゴブリンを堪能したあと、目についたのは地上をちょろちょろ走るラットだった。
早速ピッキーに頼んで捕獲。
塩、胡椒、生姜で味わってもどれもピンとこない。
単純に筋が多くて食感が悪いのだ。
ピッキーに消化されても筋張った部分が残るという不思議に、もしかしたら食べ方が間違っていたのではないかと捕獲方法を変えてみた。
しかし何度やっても失敗。
そこで例に連れて行ってもらったラーメン屋で牛すじ煮込みなるものを食べさせてもらった記憶が蘇る。
「あの時は確か、長時間煮るんだっけ?」
調理法の理解はやってみるのがいちばんの近道。
「ピッキー、鍋に変形できる?」
「ぴき」
「そうそう、そんな感じに間口を大きくして、そこにお水を汲んでお湯を沸かすんだ」
「ぴー」
「お水はどこから汲むのかって?」
そういえば取り込んだモンスターの中で火は起こせるけど水は出せないことに気がついたシン。
どんなものを食べてもお腹を壊さないから自信はあったが、無から有を生み出せないことは痛いほど知っていた。
こんなことならお水も買い込んでおけばよかったと考えるが、今更遅い。
「いや、待てよ?」
諦め切っていたシンだったが、すぐさま悪魔的発想を思いつく。
「血も液体だし、それを集めれば煮込めるのでは?」
結論から言えばそれは失敗に終わった。
沸騰させるまではよかったが、ある程度の温度を超えると凝固し、そもそも肉が不味くなるという問題が発生。
本末転倒もいいところなので諦めて水場を探しにいくという至極真っ当な結論に至った。
「あったあった」
そこは下水処理施設のような様相。
どう考えても直接取り込めば腹を壊すのは目に見えている。
しかしシンの胃袋はピッキーと共有しており、どんなものでも消化することができた。なので怖いもの知らずである。
「ピッキー、ここならお水大量にあるよ。どうせだったら後々のために汲んじゃおっか?」
「ぴきき」
「じゃあ【スライムの相・給水】」
ピッキーに頼んで大量に水を吸収してもらい、何だったらここの水を飲み干す勢いで汲んだ。
「ヂチッ」
「ヂウッ」
それに怒ったのは近隣モンスターだ。
先ほどシンの手によって無惨な死体を作り上げたラット達が、弔い合戦の形相でシンを襲ってきたのである。
しかしあいにくとピッキーは最強。
無惨にも細切れにされてシンの食材となってしまったのである。
アーメン。
「ちょうど素材も手に入ったし、早速料理しちゃう?」
「ぴき!」
ラットの思いなど知らぬとばかりにシンはマイペースに調理開始!
煮込んで食べたラットは臭みこそ消えたものの、どうにも気に入らない味だった。
魚の小骨が喉に刺さる感覚というか。
これじゃない。もっと美味しく食べる方法があるはずだと何度か調理していくうちに、甘さの代表格である水飴の存在を思い出した。
「シンさん、知っていますか? こういう安いお肉は蜂蜜なんかに浸すと繊維の隙間に蜜が入り込み、驚くほど柔らかくなるんですよ。私はそうやって一手間工夫したお肉が大好きで」
そのような言葉を思い出し、水飴で試してみる。
「え、すごい! こんなに変わるんだ」
あんなに煮ても焼いても食感の変わらぬゴミクズみたいに肉は、水飴漬けという技法により驚くべき旨みを抱えていた(シン基準)。
だが、色々と試しているうちにストックが切れてしまう。
「あ、水飴なくなっちゃった。ここぞとばかりに使い切っちゃったからなぁ」
「ぴきー」
「ピッキーも美味しいからって食べ過ぎだよー」
「ぴー」
食べたのはピッキーだけではないが、シンは自分の食べる分が減ったんだぞ、とピッキーに当たった。いつものことである。
お互いに食い意地が張ってるので、だいたい食べ物を早い者勝ちで競い合っていた。
そこへ、鼻腔をくすぐる甘い香りが漂った。
水場の近くには花畑があったのだ。
そこには虫型のモンスターが飛散しており、シンはその中に蜂型モンスターを発見した。レイの言葉を思いだす。
蜂蜜で漬けたお肉のことを。
あの蜂を追いかければ巣が見つかるかも知れない!
そうと思ったらいてもたってもいられず、シンはピッキーに頼んで足早にラットの巣を後にした。
「あったあった。さっそく採取しちゃおう」
見つけ次第、シンはピッキーで巣ごと包み込む。
危険を察知して出てきた蜂の戦闘部隊ごと巣を消化していく。
そこでシンは思った。
「あれ、思ってたほど甘くないぞ?」
蜂だからって全てが蜜を貯めるわけではない。
しかしシンに蜂の生態系を判別する知識はなかった。
「ぴき」
「え、他の巣を見つけたって?」
こうなったら手当たり次第だ!
シンはやぶれかぶれになって巣を手当たり次第捕獲した。
そこで念願のはちみつを獲得する。
「ふにゃー、これだこれ。ふにゃふにゃになっちゃうからお肉がとろけるのもわかる気がするー」
ポイズンビーと呼ばれる蜜こそ甘いが常人が食べれば泡を吐いて絶命する強い毒性を受けながらも物ともせず、シンはその甘さに酔いしれていた。きっと脳みそまで溶けているに違いない。
「ぴき」
「あ!そうだった。ただ舐めるだけで終わらせちゃダメだよね。失敗失敗。お料理するんだったよ」
市場では高くてそれほど手をつけられなかったはちみつ。
だがダンジョンならいくらでも湧いてくるので実質取り放題だ。
そこに毒性がなければ、きっと多くのハンターたちがこぞって採りにきたであろう、甘味と栄養価があるのも事実であった。
そして蜂蜜で漬け込んだラット肉はしっとりとしていながらも蜂蜜の甘味が合わさって幸せな味。
だがこれでおしまいではないとシンは知っている。
臭み消しに生姜、そして醤油。柑橘を垂らして漬け込み、さらに表面を炙ったのだ。
ただでさえ美味しい食材が、今が最も食べどきだから食べてくれと囁いているかのようだった。
実食。
食べた瞬間にシンはスライムボディの制御を手放した。
それくらいのうまさが口の中で爆発した。
「ぴきゅー」
「これ! これこれこれ! 姉ちゃんと出会う前に知っときたかった! これを知ってたら後百日くらい頑張れた!」
絶賛が止まらない。ゴブリンの肉もこの技法で調理したら化けるのではないか?
そう思わずにいられなかったシンは、なんとこれを生きたゴブリンで試してしまう。
「ゴブッ、ガボボボッ」
「美味しくなーれ、美味しくなーれ」
笑顔で、ゴブリンをスライム風呂で漬け込むシン。
その上で焼いてみたが味の方はさっぱりだった。
やはりあれはラットならではの味わいなんだろうか?
「美味しくならなかったねー」
「ぴきー」
料理とは失敗の連続である。
マリアの連れってくれたレストランで聞いた言葉だ。
しかしその失敗から新たなレシピが生まれる時もあるらしく、何事も無駄で7位と知っているシン。
「次は何食べようか?」
「ピキュー」
「またラット食べる?」
「ぴゅーい」
美味しくなかったゴブリンの口直しに行こうと、先ほどの通路を戻っていくシン。
後には名状し難い惨劇を迎えたゴブリンの巣だけが残されていた。
血肉に混じって毒性の残るやけに甘い香り。
後にハンターたちに発見され、ギルドでは恐ろしいモンっスターが徘徊しているという噂が登ったが、シンがそれを知ることはなかった。
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