最弱テイマーの自己流ご飯
第38話 ゴブリンの生姜漬け照り焼き
「本気? シン君。一人でダンジョンに入るだなんて」
「Fの優しいやつだからね。それにみんなが修行してるのに僕だけ何もしないなんてダメだと思うから」
「くれぐれも、無理はしないようにね?」
「うん! 行こう、ピッキー」
「ぴき!」
一人の少年が、武器も持たずに相棒のスライムを連れてダンジョンに赴く。
Fランクのダンジョンとはいえ、武器なしは自殺行為に見えるが、それを引き止める存在はギルドには存在しなかった。
「シンのやつ、一人で行ったか」
「今日はチームの方は都合が悪いんですって」
「オーブで鍛えて来るって連絡受けてるぜ。その都合ってのはいったい何年後のことだろうな?」
「オーブというと製薬会社の?」
「そのオーブしか知らんぞ、俺は」
ギルドの受付であるシホにマスターがそう言い返し。
もう見えなくなった少年の背中をシホはずっと見つめることしかできなかった。
彼はもうDランクなんだから、心配するのも違うか。
そう、シンはもうDランク。
F、Eと実績を高めて成り上がった。
その名前は知られているし、一目で弱者ととらえる存在はいないのだ。
けれど、シホの胸中にはわずかな不安が募っていた。
ダンジョン内での行方不明者が多発している。
それにシンが巻き込まれないかだけが心配で、今日も睡眠時間を削りそうだと考えながら業務に戻っていく。
また無事な笑顔を見れますように。
ダンジョンに送り出す受付業はそれだけが楽しみで仕事をしているのだ。
そんな心配をよそに、シンはさっそく味わうべくゴブリンの姿を探していた。
もう見ただけで怯える子供はいない。
血肉を味わい、捕食者の眼光を迸らせながら値踏みを行っている。
「あ、あいつとか肉付き良さそう。ピッキー【スライムの相・触手ムチ】」
「ぴきき!」
「グゲェ!」
「活きのいい素体が手に入ったね。ピッキー【スライムの相・切断ムチ】」
「ピッキー!」
「グゲ!」
ゴブリンはシンに押さえつけられた状態で絶命した。
生きたまま肉を切断され、首が恨めしそうにシンを見上げている。
「なんて顔してるのさ。君は僕を食べに来てるんでしょ? じゃあ殺されても恨まないでよね。おいしく食べてあげるからさ」
物言わぬ死体にフレンドリーに話しかけるシン。
サイコパスを思わせるが、実際に精神は随分と前に壊れている。
日常に触れているから正気を保てているのだ。
「まずは塩で」
生の肉に買い込んだ塩を振り、ピッキーと一体化した右手で捕食する。
実際に口にしなくて良い分楽ではあるが、その味わいがダイレクトに口の中に適用されるので、この度シンは美味しくいただくための味変をしにここにやってきていた。
シンに調理の何たるかはわからない。
それでも何か変化があればそれで十分で。
「臭みが消えないんだよね。じゃあ次は生姜のすりおろしチューブだ。よく揉み込んでから、表面を焼いていこう。ピッキー【サラマンダーの相・火炎ブレス】」
「ぴき」
ゴウッ。
勢いよく燃え上がったブレスは、一瞬にしてゴブリンの肉片を消し炭にした。
見るからに過食部位は残ってない。
「わわわ、強すぎだよー」
「ぴー」
ピッキーは反省のポーズを取る。
それから何度も試して、絶妙な焼き加減を再現する。
それを再びピッキーと同化した右手で捕食する。
熱はほとんど感じない。
けれど臭みが消えてほんのりとした苦味が出てきていた。
「臭み消しは成功。問題はこの苦味だよね」
苦いのは甘いので中和する。
レイの教えてくれた抹茶専門店でそれを習ったシン。
苦いだけではなく、ほんのりとした甘さが妙にお気に入りだったのを覚えている。
「お砂糖と、あとはこのお酒で揉み込んで、そこに生姜を絞り込む。確か漬け置きするんだっけ? どれくらいが良いかな?」
「ぴきー」
そんなことよりお腹すいたとピッキー。
確かにここに来るまで満足に食べていない。
美食にこだわるあまりにピッキーを満足に食べさせてやれないのはまた違うなとゴブリンを数匹捕まえて食べる許可を出した。
ピッキーの分身がシンの足元から生えて、ダンジョンの奥へ消えていく。
口の中にこの世の終わりみたいな味を再現させながら、シンは30分もの間漬け込み作業を行った。
そして慎重に火で表面を炙り、食べる。
テラテラとした肉の表面が程よく油を落としており、臭みを一切感じさせない赤みは、シンに未知の味わいをもたらしてくれた。
これは当たりかもしれない。
そのあと何匹も捕食しては漬け込んで食べた。
過去のトラウマは完全に上書きされた。
清々しい気分でシンはダンジョンに進む。
うっかりゴブリンの巣を壊滅させてしまったのはご愛嬌というものだろう。
シンはズンズン進む。
見つけたものを捕まえては腹に収めながら。
さらなる味の探求を始めるのだった。
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