第37話 それぞれの道
クレープをたらふく食べた後、再び巳利アリアと合流することになった。
アスカは首謀者の死体の引き渡しをギルドにした後、攻略途中のダンジョンにそのまま蜻蛉返りして行ったようだ。
Sランクは忙しいと聞く。
シンは絶対に勧められてもSにならないことを誓い。
そして巳利アリアからの提示にどうしたもんかと首を捻る。
それはキラから狙われた少女の保護というものだった。
「我々オーブ製薬連盟は、みんなのより良い暮らしをサポートするだけではなく、ヴァンパイアに狙われた時の対処法をお教えするサポートも担っているの。なのでその話を聞いて、もし良ければとご案内しに来たのよ」
どうしよう、と目配せする二人に、シンは朗らかに言ってきなよと笑って送り出す。
「シンはあたし達がいなくったって大丈夫なの?」
「そ、そうだよ! 言っておくけど遠距離狙撃で援護できなくなったらすぐピンチになっちゃうよ!」
「大丈夫だよ。エンペラーコボルトの巣に放り込まれて二週間生き残った実績あるし」
「は、え?」
その言葉に驚いたのは他ならぬ巳利アリアだった。
これから護身術を教えようとする相手が驚くのだ。
無理もない、それくらいのことをアスカはシンに命じていたのである。
「もちろん全部残さず食べたよ! ピッキーがいなかったら危なかった」
「ぴき!」
シンの肩には黒ずんだ液状の物体、ブラックスライムが這い出る。
気のせいだろうか? 巳利アリアの目にはそれが肩から生まれたように見えていた。
それよりも問題なのはその個体が図鑑に載っているよりもあまりに光を反射しないピュアブラックであることだろう。影に潜まれたら一切感知できないであろう漆黒が、シンと一体化していた。
巳利アリアはアスカの言葉を思い出していた。
もうとっくに引き返せない場所にいると。
それはつまり、キラと同様に半分モンスターであるのだろう。
しかし人の言うことを聞く余地は残しており、なんだったらチョロく。扱いやすくもある。
問題はぱっと見まるで脅威に感じないことぐらいか。
何よりも人類を敵視していない。
完全にモンスターを使役かに置いている。
稀に見る珍しい存在だった。
だからこそ、キラは欲しがるだろうと察した。
それを取り込めば自自身がより完全体になるだろうという感覚は、研究者としてはわかる。だが安易に手を出してはいけないという直感が同時に走った。
「さっき言ってたエンペラーコボルトって、キラ戦で出してたあの?」
それがなんなのかよくわかってない感情丸出しでマリアはシンに尋ねていた。
「うん。ピッキーは捕食した相手の擬態ができるんだよ」
「それすごいよねー。でも捕食したんならさっき食べたデラックスパフェにも擬態できたり?」
「その発想はなかった! ピッキー、できる?」
「ぴゅいー!」
「あ、食べ物には変身できないんだ。味覚がないからその再現は無理だって」
「そっかーもご飯代浮くと思ったけど無理かー」
「マリアちゃん、もし浮いたとしてもピッキーを食べることになるんだよ?」
「あ、そうじゃない。うっかり仲間を食べるところだったわ。ごめんなさいね、ピッキー」
「ぴき!」
「心配してくれてありがとうだって」
「ふふん、仲間なんだから心配して当然でしょ!」
微笑ましいやり取りをしているその横で、驚愕に目を見開いたのはまたしても巳利アリアだった。
(そんな能力は知らない!)
驚くのも無理はない。
過去にブラックスライムに対峙したハンターの誰もが生きて帰らなかったのだ。
命を脅かす理不尽。その総称がブラックスライムで、あの時の街の判断は決しておかしくなかったのである。
そんなのがダンジョンの表に出てきたら軽くパニックになるのは御分かりいただけるだろう。
その様相はエサを探しにきた熊が山から3000頭降りてきた時くらいのものと同等かもしれない。
どこに隠れ潜んでたかどうかではなく、それが街にいるということ自体が恐怖でしかない状態を意味するのだ。
しかも飢えてる状態の熊だ。見境なく襲いかかるという時点ではどっこいどっこいだろう。
(あ、これ。キラさんでも負けるかもしれない)
巳利アリアがそう結論づけたのは偏に魔剣持ちの状態のキラを捕食したのではないか? 実際に倒したのはこの子で、あの二人はその擬態した姿にトドメをさしたのではないか? そんな予感がしたからだ。
正解である。
巳利アリアは自分の直感を信じて、この戦場を生き抜いてきた一人。
またしても不用意に薮をつつかずに命拾いをした瞬間だった。
「そ、そうなのねー。じゃああなたには護身のテクニックを教えるまでもないかなー?」
「それじゃあ、シンとはここでお別れか」
「次会う時までにはどっちが強いか優劣をつけようね!」
「いいよ。僕は今よりももっと強くなってるから!」
本来なら仲間を見送る微笑ましい風景なのだろう。
しかし巳利アリアの額からは滝のような汗が流れ落ちる。
それは絶対にやめておけ。決して力比べなんてするな。
そいつこそが化け物だ!
お前ももっと強くならなくていいから!
ぐらいに内心で思っていたが、表情や言葉に出すことなくその場を笑顔で乗り切った。
長生きするタイプであるが、胃薬の過剰摂取は免れないだろう。
「またひとりぼっちか」
「ぴきー?」
「昔を思い出せていいんじゃないかって? なんだかんだで今の暮らしに不満はなかったんだよね。今更シゲさんのところに頼るのも違うし」
シンはアスカと一緒にいる方が苦労が絶えないので、過去のことはもう懲り懲りですという顔でピッキーに答える。
そしてなんだかんだと同年代の少女とわちゃわちゃするのも楽しかったのだ。
「でも、僕と一緒にいたらあの子達に迷惑かかっちゃうし」
「ぴき」
「お前だけが僕の味方だよ」
ピッキーが励ましてくれたような気がしたので、シンはひとまず悲しい別れを乗り越えることができた。
「問題はどこで暮らすかだよね」
「ぴゃー」
今までは人目につく格好を優先してきた。
それはマリアやレイの目があったからだ。
でも今日からまた合流するまで一人である。
「お洋服、汚しちゃうだろうから汚しても大丈夫なのがいいかな?」
マリアが見繕った探索用スーツがあった。
三人お揃いで、シンには随分おしゃれに見えた。
それは思い出の一品。
ピッキーに食べてもらったのでいつでも出し入れできると言えばできる。
けれど今は、それを着る気分にはなれなかった。
「へへ、初心に戻るにはやっぱりこれかな」
アスカに出会う前に着ていたオーバーオールだ。
長袖に革の手袋、革のブーツ。
どこからどう見たって駆け出しのハンターのそれだった。
お値段もお安く使い潰しがきく。
「あとは、マリア達に教えてもらったメニューの調味料を買いに行こうか」
「ぴき!」
シンは財布を握りしめ、ギルドに頼らずダンジョンで暮らすための準備を始めた。
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