第36話 ひとまずの解決?

死者やモンスターを葬っても罪にならない。

巳利アリアはそう語った。

マリアとレイは顔を見合わせる。


「それじゃ、もしあたしたちが万が一キラと遭遇してうっかり倒しちゃったとしても……」


罪に問われないか? そう尋ねようとしたところで巳利アリアは失笑する。


「キラさんを? あなたたちが?」

「襲われたから返り討ちにしてやったのよ! 悪い?」


どこかバカにされたような意味にとらえ、ここがフルーツパーラーであることも忘れてマリアは勇んだ。


「はいはい落ち着いてねー」


アスカの笑みに凄みが宿る。威圧だ、見るものをすくませる威圧が狭い範囲に適用される。

その効果は勇み足で前に出たマリアを萎縮させるのに十分な効果を発していた。


キラを倒した、もとい殺したという事実は確かにマリアやレイを締め付けている。

その事実が実はないのだとしたら、幾分か気持ちは軽くなる。

楽になりたい一心で尋ねたのだが、それを鼻で笑われてカッとなってしまった。

それをアスカが諫めた形だった。


「なるほど、あなたたちはもしかしてキラさんを討伐してしまったんじゃないかということで気を揉んでいたのね。だったら悪いことをしてしまったわね」

「あたしも、つっかかるような真似してごめんなさい」

「いいのよー。あの人も今は人間辞めてるだけで、昔はすごい人だったの」


巳利アリアは過去を語る。

キラとはスクールメイトの関係で、先程殺した数井もまたそのうちの一人だった。


「あの人はね、できる人だったの。生粋の研究者で、血統でしか引き継げない魔剣を世に生み出した偉人。けれどその研究中に最愛の人をダンジョンで失ってしまっておかしくなってしまった」

「その話は聞いたことあるわね」

「そうでしょう、あなたのお姉さんですものね」


巳利アリアがアスカを見返した。

あらバレてた? とアスカはベロを出した。


「姉ちゃん、そうだったの?」


今までアイスに夢中だったシンが興味津々にアスカに尋ねた。

仕事だとかより食べ物の味にしか興味のないシンが、初めて興味を惹かれたのは、自分に地獄を叩き込んだ師の苦労話である。


「まだ親が離婚する前の話ね。あたしよりも姉さんの方が価値があった時代があったの。あたしはほら、落ちこぼれだったから」

「その落ちこぼれが、今やSランクなんだからすごいよね」

「めちゃくちゃ努力したの。だから成り上がった後に散々バカにしてた奴らを返り討ちにしてやったわ。おかげで同級生はすごく減った」


悲しそうに泣く真似をするアスカ。

減ったのではなく、減らしたの間違いではないのか? とシンは訝しむ。

事実、その通りだったのでアスカはこの会話を打ち切った。

話を聞けばその矛先が自分に向くと直感したので、真もこの話の続きを無理に聞くのは辞めておいた。


結論を述べる。

もしもキラに遭遇して倒したとしても、それは罪にならない。

巳利アリアはそう答えた。


「それが本当にキラさんなのか疑わしいものだからね」

「と、いうのは?」

「あの人はハンター時代Sランクだったの。最年少Sランクの明日葉キラと聞けばその世代の誰もが名前を知ってるほどの人物だったの」

「そんな人が、どうして?」


人を辞めるきっかけになったのか。


「不慮の事故があったの。その当時お付き合いしていた女性が、キラさんの活躍に嫉妬した一般ハンターによる誘拐、ダンジョンで殺害されたなんて噂が立った。もちろん脅迫のつもりでネットに書き込んだんでしょうけど、それを真に受けた実行犯が出てしまった」


その当時、多くのネットに書き込んだ人たちが開示請求が行き届く前に行方不明になる事件が度々起こったという。

その一件にキラが関わっているのではないか?

巳利アリア含むスクールメイトたちはそう結論づけた。


「その、キラさんがそのような真似をする理由はわかりました。けど人間を辞めた理由までは聞いてないんですが」

「聞けば引き返せなくなりますよ?」

「安心して、アリアちゃん。うちのシンはもうとっくに首を突っ込んで引き返せなくなってるタイプよ」

「なるほど」


納得する巳利アリア。つまりシンもまた、そのうちの一人なのだろう。

にしてはお仲間より全然動じない。まるで心臓が鋼でできているかのようなタフさを見せた。

何も考えてないだけとは巳利アリアの頭脳を持ってしても見抜けなかった。


「あの人は当時どうやっても倒せなかったSランクモンスター、ロードヴァンパイアと契約した。その能力を使って婚約者の復活を望んだのでしょう。しかし復活させるためには同年代の少女の血がたくさん必要で。純潔であればあるほどいいという条件は彼に率先して人を攫って殺す宿命を定めたの」

「そうなのね、だから……」


自分たちは狙われたのかと腑に落ちるマリア。


「あなたたちにとっては運が悪かったとしか言いようがないわね」

「それで納得などできませんが!」


レイに対しては明確な怒りを表していた。


「でもさ、その恋人はそんなことまで復活して嬉しいのかな?」


シンは自分だったらすごい迷惑だって顔をしながら質問した。

誰もがその問いに答えられずに沈黙を貫く。


「嬉しくはない。姉さんならきっとそう言うわ」

「ええ、でしょうね。もはや明日葉キラの名は地に落ちてしまった。全身が血に濡れすぎてしまった。それが数ヶ月の間であれば美談で終わったんでしょうが、15年も続けば討つべき魔物として登録されるでしょう。あの人はあまりにも血を求めすぎた」

「じゃあ、あたしたちが倒したやつは?」

「十中八九、偽物でしょう。魔剣を扱っていたという点で本物を疑いましたが、扱っていたのが1本の時点で偽物です」

「じゃあ本物は一体何本の魔剣を操っているのよ」

「30本」

「は?」

「全盛時のキラさんは魔剣を30本同時に操って見せていました。付いた二つ名は【傀儡師】キラ。彼はそれと決めた対象を操る能力を有していた。だからこそ、この連続失踪事件はあの人が関与していると皆が疑ってかかっています」

「オーブは、アリアちゃんはキラさんの暴走を止めたいのね?」


アスカの問いに、アリアは頷く。


「うちの会社の社長はキラさんの妹さんなんです。兄の暴走を止めるのが役目だと、それが明日葉の人間の勤めだと、真っ当に蘇生役の開発をしています。進めた時点でキラさんが人間を辞めてしまって、もう取り返し用もない事態となっていましたが」

「ままならないものね」

「それだけ大切な人だったんでしょう」

「犯人を特定して殺したって、晴れないわよ。あたしは晴れなかった」

「え?」

「今あたし、何か言ったかしら?」


凄む、アスカ。巳利アリアは何も聞かなかったと尋ねた姿勢を取り消した。

ことの真相は判明した。


しかしそれを知ってもなお、自分たちは狙い続けられる宿命を背負っていて。

罪には囚われないが気は晴れない現実を知った。


その場で解散した後に、もっと強くならなくちゃと意気込むシン達は英気を養いにクレープショップに足を運んだ。

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