第35話 計画の失敗

此度の襲撃を受け、アリアは苛ついていた。


「あなた、これは一体どういうこと? 被験者は真っ当な人間で試すと、そういっていたじゃない。なぜそれがここまでの騒ぎになっているわけ?」

「違うんだ巳利」


対面に座る科学者は必死に出資者を宥める。


数井カズイ、これは契約違反よ。あの攻撃はきっとハンターが動いた。それも高ランク。この契約は白紙ね」

「待ってくれ巳利アリア! 今オーブに契約を切られたらまずいことになる!」

「マズったのはあなた。私は契約に従って動いているわ。この薬はとても貴重なの。あなたのお小遣い稼ぎをするために開発されたモノではないのよ!」


計画が失敗に終わろうとしているにもかかわらず、数井はヘラヘラ笑っている。

その薄気味悪さにアリアは嫌悪を抱き始め。


「何かしら?」

「今はうちと契約を切らないのはお前のために言ってるんだよ、巳利。おい、入ってこい」


数井が声をかけると、奥の部屋から正気を失ったモノたちがゾロゾロと入ってくる。

どこか焦点の合ってない、しかし屈強な男たちだ。

見るからにハンターの格好。しかしランクは低いように見えた。


「こいつらは?」

「お前のところの薬で出来上がったうちのボスのドールだよ。そろそろストックがなくなってきたってお達しでね」

「呆れた。そんなもののためにオーブの薬品を欲していたというわけ?」

「そもそもオーブの生みの親がうちのボスの妹だってことを忘れたか? どちらにせよ、お前らは俺たちを裏切れないんだよ!」

「本当にあなたは昔っからずる賢いのね。だからと言って契約が保護されると本気で思っている」

「されない場合、こいつらがお前を生かして返さないがどうする?」

「まだ罪を重ねるつもり?」

「お前がどうしても俺に罪を重ねるというから、ひひ、実力行使もやむないと思っただけだ」


どうしようもない男だな。アリアは嘆息し、そして身構えた。

独特の構えだ。憲法に通ずる、しかし全く見覚えのない体勢。

数井はやる気か? と鼻息を荒くする。


「こんなの、モノの数ではないわ」

「やれ、お前たち!」

「「「「ウガーーーー!」」」」

「抜剣! ストライクルージュ血の天使


それは真紅の魔剣。アリアの手首、頸動脈より現れたのは血でできた剣だった。

ストライクの名を冠する魔剣はキラのものしかしらない数井。


「バカな、魔剣だと!?」

「もともと魔剣は血統による継承。それをそっちのボスが人の命を代償に作り上げたってだけ。正統後継者は我が巳利家。これで格の違いがわかったかしら?」

「まだだ! そんな紛い物でボスのストックが潰えるわけ!」

「本当に愚かだね、お前は」


アリアは数井をゴミでも見るように一瞥し、一刀の元に切り伏せる。

この手のドールの対処法は嫌というほどわかっていた。

何せ巳利宗家がヴァンパイアハンターの系統であったから。


「頑なにニンニク料理を嫌う。川のある場所は通らない。誘われない限り人の家には入らない。朝日を嫌う。血が好き。これらの条件がそろえば、お前が人間じゃないことは簡単にわかる。残念だよ、カズイ。いいや、キラの操り人形といったところか」

「バカな! 痕跡は消したはず!」

「そう思っているのはお前だけってことね」


飛ばしたはずの首がしゃべる。

意に返さず、アリアはその首を蹴飛ばした。

ボールみたいに宙を舞い、壁に激突。


数分後に突入してきた一団と面会する。

一眼で凄腕とわかるハンターである。

対面したのはアスカ。そして後からシンたちもやってくる。


「突き止めたわよ、ゴミムシ」

「あら怖いお姉さん。でもそれは無用。ゴミはこちらで処理しておいたわ」

「それってどういうこと?」


アリアは飄々と述べる。

その回答にマリアが疑問を呈した。


「そこの男、ヴァンパイアの子飼いなの。グールを操って攻撃してきたので始末したわ」

「へぇ、あの不死の集団を?」

「不死って死なないってことだよね?」

「死なないのは肉体だけよ。魂を滅ぼせばその限りじゃない。目の前の相手はそれができるってこと。おっかないわねぇ、敵対したくないし名前を聞いておこうかしら」


魂を殺せるってことは、上位種のスライムをも殺し切れる相手ということを意味する。アスカとしてもやり合いたくない相手だった。


「巳利家継承者、巳利アリアよ。そちらこそ名のあるハンター様でしょう?」

「Sランクハンターの神薙アスカよ」

「銀剣!」

「どうやらあたしの二つ名は随分と方々に出回っているのね。それで、あなた。こんなところに偶然迷い込んだというわけではないわよね?」

「それが聞いてくださいよー」


アスカの実態を知り、突如ミリアはフニャッとした情けない笑みを浮かべた。

アスカは動じず、シンたちは顔を見合わせた。


こんな血生臭い場所での会話でもなさそうなので、最寄りのフルーツパーラーに席を移した。

巳利アリアはチャレンジメニューをぱくつきながら語る。

失敗すれば1万円の支払いだというのに、そのペース配分は淀みない。

まるで何回も成功してるかのような気配があった。


語った話をかい摘むと、どうやらアリアは被害者の模様。

オーブ製薬に勤務する彼女はとある新薬の卸先とトラブルがあったことを提示。

そこでどうやら許容摂取量を過剰にあげた違法薬品の販売がなされていたことに先程気がついたような話し方だった。


今回落ち合ったのは定期チェックのため。

しかし帰ってきた言葉は脅しで、これを漏らせば命はない。

引き続き薬を提供しろというので一刀の元に切り伏せたという。

その事実に背筋を振るわせるマリアとレイ。

契約白紙は会社運営ではそれなりに見る場面だが、その場で切り捨てるなんてのは見たことも聞いたこともないことであったからだ。


「相手は異形種か。なら契約白紙なんていくらでも握り潰せる。アリアちゃんの判断は正しい。ああいうのは不死性にあぐらをかいて慢心するどうしようもない奴らだからな」

「そうなんですよー。うちの会社って何かと利権が絡むんで、営業の私もそういった特殊な技術を取得している必要があるくらいでー」

「すごいおっかないんだね、社会に出るのって」

「君はまだ子供だからそんな心配しなくていいんだよー? アイス食べる? おっきいところとってあげるね?」


シンはそんなことを言われたのも初めてで、なんだったらアイスは好きなので喜んで受け入れた。

「うまー」と言いながらパクパク食べている。

そのあまりのチョロさにチームメイトは今後が心配になった。


ともあれ、殺しをしておいてそれで罪が帳消しになるわけではない。

キラを殺した、と思い悩む二人に、アリアは開き直った口調で弁明した。


「ゾンビはね、もう死んでるの。誰かに殺されてその肉体を利用されてるだけ。ヴァンパイアはモンスター。ハンターをしてれば常識よ? 死んでる人間を屠るのは弔いも兼ねてるから。だから私は罪に問われないんだ」

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