第34話 ネズミは巣に戻った

「マリア、ルナを使ってもらっていい?」

「今?」

「うん、今」

「シンがそこまでいうってことは、今ピンチなのね?」

「どっちかというとチャンスなんだ」


シンはそれとなくマリアを巻き込んだ。


「シンさん、私は?」

「レイはマリアと組んで怪しい動きをしている奴らの行動を制御してほしい」

「わかった」


素直に頷くレイを見やり、自慢の弟子は慕われているのだなとアスカは考える。

言葉通りに受け取らないのは、今までそれで何度も失敗してきているからだ。

シンを誘ったのは多少のミスをしてもまぁ、生きてくれるだろうという確信があった。

しかしそのお仲間はどれほどのものか。

途中で置いて行った方がいいのではないかという葛藤も含める。


「姉ちゃん」

「何?」

「今うちのメンバーを値踏みしてるでしょ」

「してないわよー」

「嘘つけ。どこかで置いていこうって顔してた」

「シンに嘘はつけないわね」

「僕のチームを舐めないでほしいね。姉ちゃんの企みなんて僕には手に取るようにわかるんだから」

「じゃあ、期待させてもらおうかしら」


アスカにはシンが自分の手を離れておままごとに夢中になって腕が鈍ってるのが一番厄介な変化であった。

しかしそれを嘲笑うようにシンからの忠告を受け、シンの認めたお仲間を一時的に頼ることにした。

Sランクハンターは常に死と隣り合わせだ。

仲間は選べない。

先に死ぬ相手のことに時間を割けば、次に死ぬのは自分という環境である。


「シン、半径5キロメートルにこちらを探ってる怪しい人物の反応があったわ」

「何人?」

「15人。近いやつはレイに間接的に足止めしてもらってる」

「その、間接的なというのは?」


話に混ざれないアスカがマリアに問う。

それに答えたのは愛弟子であるシンだ。


「ダンジョンの外で不慮の事故に見舞われたって意味だよ。屋根の瓦が落ちてきたり、電線が切れて落ちたりね。ちょうどその付近に変な人が居たってだけ。足止めなんてこれで十分なのさ」

「おっそろしいことするわね」


足止めに、文字通り容赦がない。

自分がそれをされたら嫌だろうという的確な場所を突いてくる。

確かにこれは精鋭だ。

アスカは二人の少女の評価を改めていた。


「うちのチームは僕が近距離のアタッカー兼タンクを務め、残り二人が索敵と状態異常回復、遠距離攻撃、デバフなんかを務めてる」

「二人は一緒なの?」

「組んだ方が効果をあげやすいんだ。特にマリアの精霊が遠距離アタッカーのバフに長けてるのもある。時には上空からの空撮や、遠距離アタッカーの目になってくれるんだ」

「便利ね」

「目に見える限りでしか情報の入手ができない僕が欲しくて手に入れた仲間だよ」

「そっか。自分に足りない部分を即座に補うのがシンは得意だったものね」

「誰かさんのおかげで弱点は補うものだって死ぬほど理解させられたからね」

「いい仲間じゃない」

「美味しいご飯も奢ってくれるしね!」

「あらー、あたしだってご飯奢ってあげたわよ?」

「最後の晩餐ってああいうのをいうんだろうなって」

「ほんと、ああ言えばこう言う子ね」


和気藹々。内容は罵詈雑言だが、表情は実に楽しそうで側から見たら親子に見えるアスカとシン。


「シン、ターゲットが動き始めたわ」

「どこへ?」

「今レーダーを共有するね。えっと、神薙プロも大丈夫ですか?」

「アスカでいいわよ」

「じゃあ、アスカさん」

「オッケー」


人差し指と親指で輪っかを作って了承するアスカ。

あでこにぼんやりとした熱が篭ると、網膜内に全く異なる情報が現れた。


「んふふふふふ」


思わず笑みが溢れる。

鬱陶しがってるシンに、アスカは構わず続けた。

地理にたけてるアスカだからこそ、ネズミがどこに向かっているのか手に取るようにわかった。


「怖いよ、姉ちゃん」

「ネズミは巣に戻ったわ。やはり、ヤマト商会」

「キラ……あいつはもう死んだのに、どうしてまだ」

「ふむ」


何やら特別な情報を抱えてるようだなとアスカはマリアを慮る…


「君たち、あの男が元ハンターだという情報は知っているかね?」

「あいつが? だってヒョロそうだったよ」

「やはり一度対峙してるか。そうだ、あの男は決してモンスターと張り合える筋力を有してない。しかしね、彼は人形使いという極めて優秀な特技を持っている」


その能力は極めて厄介だという。

話を聞いて、シンはピッキーの擬態のようなものだと思った。


「代価は乙女の血。純潔であればあるほど奴の能力は冴え渡る」

「だから、あたしたちは狙われた!?」

「そうかも」

「どうやら確執があるようだね。しかしお前は狙われなかったのか、シン? 一応女の子だろう?」

「うるさいやい」


ちょっと拗ねたような返答に、アスカはかわいそうにと慰めてやることにした。

それはそれとして、この目は便利だなと感心する。


「チャリオット、レディ」

「ぴきき」


アスカは相棒のチャリオットを召喚し、銀色の投擲槍を生成した。


「ちょっと先にご挨拶でもしていこうかしら」


ムチのようにしならせた体から、一本の槍が投擲された。

場所はここから5キロも先にあるビルの13階。

ネズミの集結した巣穴に、目標を定めた槍が突き刺さる!

突如割れるガラス!

しかしそれ以外の被害は一切なく。

なんならガラスが割れただけで済んだのは幸いだった。


ガラスに紛れて流れるように銀の粘液が物陰に潜む。

チャリオットは今、敵の内部に侵入してアスカの耳になっていた。


「んっ、感度良好。このまま索敵続けるわよー」


無茶苦茶やるな、この人。

マリアとレイはアスカをそう評価するのだった。

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