第21話 囮計画

捕獲依頼を出したトリイからの報告を受け、キラはダンジョンのとある場所へと赴いていた。


「見事捉えて見せました。報酬は頼みますぜ」


その場所では縄で縛られたマリアの姿があった。


「もう一人はどうしました?」


依頼内容は逃げた二人の社長令嬢の捕縛とある。

マリアの他にレイも捕縛対象だ。

周囲を探すがレイの姿はどこにも見当たらなかった。


「うまいこと逃げられました。この女を囮に使って自分だけは逃げおおせました。あれは賢い女だ。こいつも可哀想にな、仲間だと思ってた相手に裏切られて」

「ではさっさと探しなさい。報酬は二人見つけてきてからです」

「成功報酬くらいくださいよ。こっちは準備に大金を投じてるんですよ?」

「それくらい見越して用意なさい。プロでしょう?」


キラは癇癪を起こしながらトリイに詰め寄った。

雇用主に逆らえば次はない。特にキラは器が小さく視野も狭い。

これだと決めつけた相手はとことん痛めつけるタイプだった。


「サイ、あれを準備なさい」

「すでにご用意しております」


持ち出されたのはスーツケース。その中から一振りの剣を取り出した。

等身には血のように輝く赤い魔石が嵌め込まれており、それは見るものを魅了した。

しかしマリアはそれに嫌悪感を覚えた。

なぜそれを覚えたかわからない。ただそれを見て寒気がしたのだ。

魂がその美しさを否定する。


「見事なものでしょう? これは魔剣です」


キラはその剣に魅入られたように取り扱う。


「これはただ綺麗なだけの剣じゃない、その殺傷力もまた素晴らしい」


キラが片手で身の丈ほどもある剣を振るう。

ただ空を切っただけでダンジョンの壁が抉れた。

なんたる威力であろうか。

振るった本人すらそこまで切れ味があると思っていなかったのか驚いていた。


「ふふ、この美しさを維持するのに、随分と予算をつぎ込みましたよ。ざっと3000程、高くつきましたが、この美しさを保てるのなら安い物でしょう」


何の話をしているのか。マリアは理解ができないでいる。

ただ、嫌な予感だけはバリバリしていた。

聞いてもないことをペラペラ喋るのはシンが言った通り、ここでは録音機器が作動しないと知っているからか。

囚われのマリアが反撃の手を持っていると思わないからか。

何方にせよそれごと握り潰せる権力と軍事力を持っているからだとその口ぶりから感じ取れた。

わざわざその武器を見せつけたのは、抵抗するだけ無駄だと周囲に見せつける意味合いも兼ねていた。


「そう言えば、あなたの会社からうちに情報を流した社員ですが、あれからどうなったかわかります?」

「どうせ幹部になりたくて裏切った奴らでしょ? 知らないわよ」

「そうですね、特別席であなたの暮らしを見守っていますよ。サイ」

「こちらに」


懐から取り出した試験管には、赤い液体が並々詰め込まれている。

それを差し込むスロットが魔剣には備え付けられていて、今も無意味に一本投入していた。


「ああ、無念の感情が伝わってくるようです。お嬢様、裏切ったりしてごめんなさいって、クヒャ、ケヒャハハハハ」


突如笑いを堪えきれなくなり、キラはのけぞるように笑い始めた。

マリアは最悪の予想をした。

あの剣は、あの試験管は。

まさか、そんな。


「何かに気づいたようですね? 正解! あたりです。この魔剣はね、人の命を糧にしてその殺傷力を増すんです。ちょうど手元に殺しても問題ないクズの命が転がり込んで来ましてね。これはまたとないチャンスだと、嬉々として投与しましたよ。え?意思確認はしたのかって? するわけないでしょう。食事に睡眠薬を混ぜて、そのままですよ」

「それが、それが人のすることなの!?」


マリアの感情は沸騰しそうになっている。

父を裏切った社員に対しては殺してやりたいほどの感情を持っていた。

だからと言って本当に殺すつもりまではない。

父に謝罪して、また更生して1からやり直しする機会くらいはあげるつもりでいた。


しかし目の前の男はその命すら弄んだ。

ただ一振りの剣の維持をするためだけに、容赦なく殺した。

何の感情もなく、路傍の石コロを弄ぶように。


「どんなに叫んだところで、この状態になった人間は生き返りませんよ。そういう処置です。でも不思議と、この状態でも意思みたいなものは感じ取れるんです。最初は苦労しましたよ、人を殺せば罪に問われますからね。しかし犯罪にも抜け道はあった。そう、ダンジョンです。ここでは殺しは罪に問われない。ハンターの命は白いパン一個より軽い。我が社はそれに目をつけ、一つの研究を成し遂げた」

「それがそんなくだらないものだっていうの?」

「おっとお嬢様これ以上私のエールストライク勝利の戦女神を愚弄するのはやめてほしいな。我慢できずに悲鳴を聞きたくなる!」


言い様に、マリアに向けて剣を振り抜いた。

空ぶったというのに、マリアの白い肌はざっくりと切れている。

かまいたちを操るとかいうチャチな力ではない。

まるで斬撃そのものに意思が乗ったかのようだった。


(助けてシン!)


今は遠くで見守ってくれてるシンとレイに祈る他なかった。



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