第18話 要救助者


「あれ、ここは?」

「あ、シン! あの子目を覚ましたわよ」

「ちょっと待ってね、今解体中」

「早く終わらせなさいよ」

「誰かさんがやらないおかげで遅れてるんだけどね?」

「あたし解体はやらないって言ったじゃないの。引き受けたのはシンなんだから最後まで責任持ってやりなさいよね」

「こいつ……」


すぐ横で騒がしいやり取り。

少なくとも難を逃れたと思ったのか、少女は恐る恐る上体を起こした。


「えっと、ここは」

「ダンジョンの外、ハンターズギルドのモンスターの解体場よ。ごめんなさい、こんな場所で」

「あ、の。どうして私はここに連れてこられて? ごめんなさい前後の記憶がおかしくて」

「あなた、男たちに乱暴されそうになってたの。そこまでは覚えてる?」

「は、い」


少女はその時の記憶を鮮明に思い出していた。

そして恐怖も一緒に思い出し、体を震わせている。


「お、目覚めたか。ちょうど飯にするところだったんだ。嬢ちゃんも一緒に食うか?」


本人が言葉を発するよりも前に、ぎゅるると腹の虫が鳴る。

それで返事は結構と、シゲは笑顔でランチを用意した。


「う、うぅ。うぅうう」


少女は泣きながら数日ぶりの食事を口に運んでいく。

味は決して褒められたものではないが、暖かく食べ応えのあるお腹に溜まる食事に涙が堪え切れずにいる少女。


「ここのご飯、味は悪いけどお腹に溜まるのよね」

「おい嬢ちゃん、文句あるなら残してくれてもかまわんぞ? うちの飯でも食いたいってやつはたんまりいるんだ」

「いやねージョークよ。美味しいかどうかで言ったら褒められないってだけじゃないの」

「おじさん、この子素直じゃないんだ」

「どうやらそうみたいだな」


仕事を終えたシンが血に塗れた手袋を脱ぎ捨てて食事にありついた。

食事をしながらの自己紹介を交わし、シンはどうしてあんな場所で襲われたかの経緯を尋ねていた。


どうも美味しい仕事があるってあの男たちに誘われたのがきっかけらしかった。

最初からそういうつもりで誘い込んだのだろうなと、後になってから判明したと少女は涙ながらに話した。


「そりゃ災難だったね。僕はシン。君と同じEランクハンターだよ」

「あたしはマリア。こいつとタッグを組んでる精霊使いよ」

「レイと言いいます。武器はこの二丁の拳銃レイ・ザ・バレルです」


レイは銃に自分の名前をつけるタイプだった。

マリア以上の個性の強さをぶつけられて、シンはタジタジする。

この中で一番個性弱いのってもしかして自分だけじゃ? だなんてどうでもいいことを思っていた。


「そっかー、あなたもお父様の会社を潰された口なのね」

「では、マリアさんも?」

「ええ、ヤマト商事のスパイがどうやら紛れ込んでいたみたいなの」

「それ、うちもです!」


どうやらお互いに共通項があったらしく、マリアはすんなりレイと打ち解けていた。

共通の敵がいる。

それがヤマト商事のキラ社長。

随分なやり手という話だった。

元々は海外のブランドを一手に担う会社だったのだが、最近はアコギなやり口で日本の販路を回収している動きが見られたとかんなとか。

マリアやレイはどこも武器ブランドの令嬢だったが、販路拡大を狙うヤマト商事に目をつけられた話題を口にしていた。


「どこも大変なんだねー」


これに関してはシンは蚊帳の外。何せ武器はピッキーが変化してくれるので必要としないのだ。


「他人事のように言うじゃない」

「だって他人事だし? 仮にそれが許せないとして、悪事を暴いてマリアのお家は元に戻るの? レイのお家にお金は戻ってくるの? 戻らないよね? ただ胸の奥がスッとするだけじゃない?」


シンのいうことは尤もである。

そもそも本当に裏で糸を引いていたのがヤマト商事なのかもわからない。

ただの憶測の話なのである。


「そんなことより、これからどうするかじゃない? レイはこれから一人でハンターしていくの? それともお家に帰る?」

「ちょっとシン!」


見捨てるのか? マリアはそんな表情でシンを咎めた。


「帰れる家はないです。私が稼がなければ、明日を生きる糧もありません」

「ならさ、そんな思い込みに時間を割いている場合じゃないでしょ? そういうのは生活に余裕がある人が対処するんだよ。僕たちにはそれがない。いい?」

「全くおっしゃる通りです」

「シン、そんな言い方しなくったっていいじゃない」

「事実だよ。それはマリアにも言えること。君はもう、大会社のお嬢様じゃない。いい加減その事実を受け入れるべきだと思うけどね」

「わかってるわよ、わかってるわ!」


ヒステリックに叫ぶだけで、何もわかってない。

叫べば物事が解決する時期はとっくに過ぎ去ったのだ。

それが認められないという気持ちだってわかる。

だからこそ、真は何度も言い聞かせた。

巣立った小鳥は、もう二度とその巣戻ることはできないのだと。


「だったら仕事をしないとね。汚れ仕事でも何でも、仕事は仕事だよ。味の悪い食事をお腹に押し込んで、生きなきゃ。君が死んだら誰が君の思いを引き継ぐのさ。僕は嫌だよ? 腹の足しにもなりゃしない。君の思いは君が遂げなきゃならない。協力して欲しいんなら誠意を見せなきゃ。当然お金以外は受け取らないからね?」

「シン!」


咎めたのはシゲの方だ。

あまりにも真実を告げすぎた。

気丈に振舞っていたマリアは、震えていた。

悔しさに涙を堪えている。


「おじさんは邪魔しないで、この子は自覚しなきゃいけないんだ。自分はもう恵まれていないのだと。彼女が自覚しない限り、僕たちは前に進めない。他人に構ってる暇はないんだよ。僕だってできればこんなことは言いたくないよ。彼女のためなんだ」

「だとしたって」


まだ小さい子供だろう?

アスカに預けてから、シンは苛烈な性格になってしまったとシゲは嘆いた。


「あーーーー、わかったわよ!汚れ仕事でもなんでもやってやるわ! そうよね、誰もお金も何も持ってない私を温情で助けてくれないものね! いいわよ、上等じゃない、すぐにビッグになって見返してやるわよ!」

「わ、私もどんな仕事でも受けます。汚れ仕事でも何でも来いです!」

「ほら、素直になったでしょ?」

「これもアスカ仕込みのハッタリってか?」

「姉ちゃんの仕込みはもっと過激だったよ。僕のはいくらか温情がある方さ」


実際、コボルトの巨大な巣に単身捨て置かれた時は化けて出てやろうかと思ったほどだ。それに比べたら汚れ仕事くらいなんだというのか。


その日からレイはシンたちの仲間になった。

意外なことに解体の技術を吸収する速度は、マリアを上回るほどだった。

根底にあったのは食欲か。

味は大したことはないと断言していたのにも関わらず、なんだかんだ3色出るという条件は食いしん坊な彼女には願ってもない条件だったようだ。


ダンジョンの仕事を引き受けるのがしんどい時は、こぞって三人で解体依頼を受けたものだ。

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