第16話 楽で稼げる仕事がいいですわ


そんな他愛のないやり取りの後、貧乏人のシンたちは依頼の見積もりを始める。

なんとか飢えは凌いだが、満腹には程遠い。

下っ端のハンターはこんな状態でも次の仕事を探さねばいけなかった。


「はーい、じゃあこの中から次の仕事を選びまーす」

「楽して大金を稼げる奴がいいわ」

「じゃあ、腕を一本ちょうだい。これが一番手っ取り早い奴だねー」


シンは嫌味たっぷりに取引の依頼書を出した。

そこには若くて純潔な乙女の血と肉体の一部の提供とある。

こんな依頼を受ける奴が本当にいるのかと目を疑う内容だが、紙の新しさから人気の部類のようだった。

ダンジョンではしょっちゅう行方不明者が出る。

アスカも言っていたが、それはモンスターに見せかけた人間の仕業だろう。

用心をしているシンと違い、マリアはあまりにも無防備すぎて心配だった。

自分だけはそうならないと信じて疑わないポジティブ具合はシンも見習いたいものである。


「誰よ、こんな依頼を出す奴は。薄気味の悪いやつね」

「上から三番目にあった人気依頼だよ。もしこれが張り出されたのが一週間前だったら、マリアは危なかったね?」

「正気じゃないわ」

「ハンターは正気でなれるものじゃないからね」


Fランクの頃は受付から直接依頼を選定してもらえた。

しかしEからは自分で選んで引き受ける必要があった。

依頼書だって早い者勝ちだ。

駆け出しはそれこそ朝早くからギルドに顔を出す必要があった。

休んでいる時間などないのである。


「冗談はさておき、いつもの採取依頼と解体、あとは討伐でいい?」

「解体はやらないわよ?」

「また飢えても知らないよー?」


解体依頼は汚れ仕事ではあるが、仕事に対して色がつきやすい。

対して採取や討伐なんかは誰でもできる仕事のため、納品しても上振れがないのが特徴だった。なんなら下振れさえあるのでシンの中では解体一択なのだが、このお嬢様は何かにつけて汚れ仕事を嫌う。

もうお金持ちじゃないのに、プライドってのはことごとく人を不幸にするものだと思わずにはいられなかった。


「いくよピッキー」

「ぴき」

「ホーク、ゴブリンたちを蹴散らしてやりなさい」

「クエー!」


戦闘面において、二人は過剰なほどの力を見せつける。

もうゴブリンでは相手にならないと分かっていながらも、ライセンス昇格試験には一定数の採取納品が必要不可欠。

解体の良し悪しは一切ライセンスに関わらないのを不服に思うシンである。


「雑ぁ〜魚! もっと大きな魔石を持てるようになってから出直してきなさいな!」

「それって強力なモンスターになるって意味だけど、ピンチになっても助けてあげないよ?」

「そこは助けなさいよ。乙女のピンチなのよ?」

「そうやってことあるごとに性別を出さないで。僕は悲しいよ」


同じ女として悲しいことを伝えれば、マリアはヒステリックに叫ぶだけだった。

共同生活を通じて、シンが女であることを一番不服に思っているのはマリアだった。

あまりにも男っぽいので、ついそのつもりで接してしまう。

けれど自分と同じなのだと知ってもの悲しくなる。

自分だけが不幸なのではない。そう思うとやりきれなくて、ことあるごとに突っかかっている。

そんな自分が嫌で、治したいという反面素直になれない自分を持て余す日々だった。


「じゃ、引き受けた依頼はこれくらいかな?」

「もっと引っこ抜いて納品したら昇格試験に近道できないかしら?」

「依頼の規定量以外は引き取らないんだよね、あそこ」

「けちねー」

「依頼も本数を限定してるからね。半端な数を持っていっても迷惑なんだよ、きっと」

「それもそうね。現物支給でもいいから、たまにはお腹いっぱいに食べたいわ」

「それは本当にそう」


結局そこに行き着いた。

お互いに空腹の二人。

ダンジョンハンターのほとんどはろくに活躍できないで食いっぱぐれるものがほとんどだ。

なので依頼の中に闇バイト的なのも混じってもギルド側であまり咎めない。

それをすることでしか糧を得る手段がない。

低ランクハンターの悲しいサガであった。


帰り道。ダンジョンの行き止まりに通じる道からか細い声をピッキーが拾う。

立ち止まったシンを不審に思ったマリアが尋ねると。


「ごめんマリア、どうやらあの依頼を引き受けたバカがいるようだ」

「まさか!」


それがどれだかは断定できぬが、マリアは最悪を想定していた。

若くて純潔な少女の血肉の提供。

その毒牙にかかった犠牲者が現れたとシンの瞳は物語っている。

自分じゃないから大丈夫、とはならないのがマリアらしさである。


「助けに行くわよ、シン」

「ミイラ取りがミイラになっちゃったら元も子もないよ?」

「何よ、怖気付いたの?」

「まさか。相手が単独犯ではないと警戒してるのさ。助けたとぬか喜びした背後から援軍が来た時、僕達で対処できるかなって」

「あたしは二体の精霊使いよ?」

「数の暴力って、多少の強さを打ち消す効果もあるからね。でも、僕も見て見ぬ振りはできないかな」


お互いに、過去の自分を重ねている部分もあった。

何もできない自分。力を得た自分。

力があるなら助けたいと思うのはエゴではないはずだと言い聞かせて。

二人は犯行現場に足を向けていた。

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