第11話 約束は守ろう


「う、うぅ……生きて帰れたよぉ。一時期はほんっとうにどうなることかと思ったよぉ」


シンは二週間ぶりの朝日を浴び、生きてダンジョンを出れたことに咽び泣いた。

すぐ横では、この度の悪事を働いた張本人がケロッとした顔で並び立つ。


「あたしはシンなら全てやり遂げられると信じてたわよ?」

「はぁ? あんたが僕をこんなところに無理矢理連れてきたのがいけないんだろ! 何度死ぬ目にあったと思ったんだ!」

「あっはっは。だがこうして生きて帰れた。それも全てあたしの采配があったからだと思うけど?」

「あんたって人はーーー!」


この二人にとっての距離感は、この二週間で一気に縮んだ。

しかしそこには師弟の思慮深さはなく、どちらかといえば喧嘩ばかりしている姉妹という関係だろう。現に今、シンの感情は怒りに支配されている。

とはいえ、これがなければ一皮向けることもなく、今まで通りの人生を送っていただろうことも事実。

師として敬うのは納得できないが、なんだかんだ恩義は感じていた。


「まぁ、なんだかんだ姉ちゃんには色々教わったから今回のことはチャラにしとくけどさ」


何度も死線を潜り抜けたことは事実だ。シンとて一人でこれができたかと言われたらNOと答える。

それほどまでにいざという時にアスカに頼ったものだ。

頼ったところで応援はきちゃくれなかったが。

シンにとって神は一番最初に見限った対象だった。

他に頼れる人物は飛鳥ぐらいしかいなかったのである。

それもつい最近潰えたばかりだが。


「ありがとー、シン。大好き」

「だー、あんまくっつくな!」

「何よー照れてんの?」

「人目があるとこでくっつくなって言ってんの!」

「あら、人目がないところだったらいいの?」

「人目がないところだったら背後に気をつけてね?」

「うふふーできるもんならしてみなさい」


それはさておき、とシンはピッキーを体に巻き付け衣装チェンジを行なった。

これはゴーストから取得した【憑依】である。

今のシンにはこれくらい朝飯前で、なんだったら細かい装飾品までこだわることもできるほど。

しかしそれをしないのは一刻も早くこの目立つ服装をなんとかしたいというものだった。


シンは自分を男と偽っていたように、表社会を生きるのに弱い女のままというのはなるべくなら避けたいと思っている。

なので当然着替えは男物だった。

アスカが捨ててしまったシンの一張羅、それを再び再現していた。

ボロボロの青いオーバーオールに、肩掛けのカバン。

アスカに出会う前のシンの姿がそこにあった。


「あらー、それは可愛くないからやめなさいって言ったのに!」

「僕はこれでいいの! それよりも、約束! あったよね?」

「約束?」

「ダンジョンから無事帰ったら僕を一人前のハンターにしてくれるって約束だよ! だからこんな無理な修行を引き受けたんだよ?」

「ああ、そのこと」


まるでそんな昔のことよく覚えていたな、とアスカはシンの記憶力を褒め称えた。


「まさか忘れてたの?」

「まさか」


アスカは今更そんなことを言っているのかとシンを見やった。

すでにシンの実力はルーキーを大きく超えている。

単独でもCに食い込むほどだろう。

しかし、本人はまだFに毛が生えた程度と思い込んでいる。

それもこれも全てのモンスターのランクをFだと信じ込ませたアスカの思惑通りだった。


「まぁ、私から一言いってあげるけど。そこから先はシン、あなた次第よ?」

「それでもいいから」

「わかったわ。それじゃあ早速ハンターズギルドに行くわよ?」

「うん」

「でもその前に、少しお腹を満たしていかない?」


ダンジョンではモンスターを食べなければ死ぬという追い込まれた状況だったからこそ、それで飢えを凌いだ。

しかしダンジョンの外ではそこかしこから美味しそうな人間向けの食べ物の匂いがしてきて、シンのお腹の虫はまともな食い物をよこせと泣き出したのである。


レストラン奢るわよ、と囁くアスカにシンは抗えなかった。

そして、今まで食べてきたものはなんだったのかと思うほど、旨味の効いた食事をたらふく食べた。


調味料こそ神! シンはその真理に辿りついた。

もしこの先稼ぎが出たら、たらふく買い込もうと決め込んでいる。

シンはすでに大量の荷物を溜め込む技を所有していた。

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