第10話 味変もバッチリ
「大丈夫、安心して。味変も考えてお野菜と果物いっぱい買い込んできたから」
あのレストランで味わったドリンク程度の味わいなら、まぁなんとかなるかもしれないなとシンは思う。
それでもなお、地獄の行軍であることに変わりなく。
ゴブリン変化を覚えるまで地味に五日もかけるシンだった。
「味が、とにかくゴブリンの味を乗り越えるまでが大変だった」
「お疲れ様。次のコボルトは少しマジな味わいになるから期待してていいわよ」
「本当ぉ?」
この行軍の中でシンのアスカに対する信頼は地の底に落ちていた。
強い猜疑心の中、愛対するコボルトはゴブリン以上の連携を見せる。
しかし5日間もゴブリンを開いて取ってきたシンの敵ではなかった。
遠距離攻撃の弓も、魔法も、今のシンには恐るるに足らず。
「そういうのはもう慣れたよ、と」
体にピッキーを纏わせて、人間では不可能な動きで回避をする。
物理的な攻撃は全てピッキーの巻き込み攻撃で消化した。
すぐにシンの口の中に木の棒の味が染み込むが、ゴブリンの血肉に比べたらいくらかマシである。
コボルトはゴブリンの群れに比べれば強敵であったが、多少威力が増した程度でどんぐりの背比べだった。シンはこのモンスターがCランク相当である事実を知らぬまま、捕食行動に入った。
「これも食べるんだよね?」
「そうよー。この子達は肝が特に美味しいの」
「ゴブリンに比べて?」
「嫌ねー、ゴブリンに比べたらなんでも美味しいに決まってるわよー。泥水の方がなんぼかマシよ?」
「ちくしょう……」
シンはこの五日間ですっかり反骨精神を養っていた。
しかしアスカの言ってる事は本当で、ゴブリンに比べたらコボルトの肉は柔らかく、弾力があって噛み応えがあった。
そこへ野菜と果実のソースを絡めたら本当にほっぺが落ちるほどの味わいで。
五匹あった死体もぺろりと食べ切ってしまった。
食べると言っても直接お腹の中に入るわけではない。
ピッキーが消化する過程で、味だけをシンは共有している形だ。
それでも小腹は満たせる、不思議な仕組みである。
食べたモンスターの技が文字通り血肉になるというのもあるが、味の有無がこれほどまでやる気にさせるだなんて思わぬシンである。
「ずいぶん美味しそうに食べるわねー。あたしの時でもそれほどじゃなかったわよ?」
「お姉ちゃんの持ってきてくれたソースがあってこそだと思うんだよね」
「あら、初めてあたしに感謝の言葉を?」
「ソースが惜しいのは事実だよ。ゴブリンは二度とごめんだけどね」
「流石にもう食べる必要はないわよ。あれは極限状態に陥って、なんでも食べなきゃいけなくなった時の対処法だから」
「つまり、無理して食べなくてもよかった?」
すっかり座り切ったシンの目がアスカを見定めた。
「あのスキルが欲しかったのは事実よ。無理して覚える必要があるかと言えば、微妙なところだけど」
「僕の地獄のような五日間はなんだったの!?」
すっかりピッキーを纏って攻撃するのが上手くなったシン。
アスカの袖を掴んで持ち上げる技量は見せていた。
すっかり瞳から光が失われていて、凄みを感じさせているシンに、アスカは言い訳を重ねた。
「でもね、シン。あの日々があったから今をありがたがれるのは事実よね?」
「それは……」
「あたしも通ってきた道だったけど、本当に辛かったのよ」
アスカはしんみりしながら言った。
シンは己の愚かさを恥じて反省する。
自分ばかりが酷い目に遭わされたと勘違いしていた。
アスカもまた同じ道を歩んでいるのだ。
しかもソースを持たずにコボルトの肉を食したのだ。
その苦労をシンは知らない。
「ごめんなさい」
「いいのよ。今でこそあたしはSランクだなんて呼ばれているけど、昔はあなたと同じだったのよ」
「うん」
「じゃあ、次のコボルトをやっつけに行きましょ」
「もう?」
「まだお腹減ってない?」
「すごい美味しかったから、何匹でもいいよ」
「もう、現金な子ね」
アスカはふふふと薄く笑いながらシンを誘導した。
コボルトの巣は、ゴブリンの比じゃなかった。
規模が明らかに違う。
自分の住んでる街くらいの規模はあるんじゃないか?
シンの直感は大当たりだった。
その上で、シンが仕留めたコボルトは雑魚中の雑魚。
上には上が居ることを痛感した。
街を警護してるコボルトは図体からして先ほど仕留めたコボルトを上回った。
「じゃあ、シン。死なないで頑張ってね?」
「お姉ちゃんのバカーーーーー!!」
獅子は先人の谷に我が子を突き落とすというが、アスカのシンに向ける試練はその比じゃなかった。
10日後、ますます凄みを増したシンはもう誰も信じられないという顔でダンジョンの外に帰還した。
おかげで実力はメキメキと上がった一方で、すっかり人間不信になってしまった。
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