最弱テイマーの底辺ご飯
第9話 全ては食から
「ぎゃぁあああああああ!」
一方その頃、アスカに連れられたシンは。
ゴブリンの巣窟に放り込まれていた。
武器らしい武器一つ持たされず、唯一の相棒のピッキーだけが頼みの綱だった。
アスカといえばゴブリンたちを焚き付けるだけ焚き付けて、高みの見物だった。
「ほらほら、そんなにチンタラ処理してたら日が暮れちゃうわよ! 今日中にスライムとゴブリン、コボルトはクリアしてもらいたいんだから」
スライムの討伐はなんとかなった。
しかしゴブリンから討伐難易度が恐ろしいほどに上がった。
ただでさえ群れる上に武器を使う。そして連携攻撃がとにかく厄介だった。
「無理無理無理ですってば! モンスターを倒すのだって初めてなんですよ?」
「誰だって初めては怖いわ。でもね、先に進まないと次はないの。あなたの人生はここで終わりでいいの? よくないわよね。モンスターに蹂躙されて、ゴブリンたちのお母さんになる人生。あたしだったらごめんだわ」
なんの話だろう? シンはぼんやりとしながらそんなことを考えた。
無意識にピッキーを操り、猛追してくるゴブリンの棍棒を、伸ばした触腕で絡め取っては消化していく。
単純作業だが、ひっきりなしに命を狙われていく状況。
これを凌がなければ死ぬのは自分だという現実は、シンを急速に成長させていく。
「シン、いいこと教えてあげるわ。ゴブリンってね、肉食もそうなんだけど女の子も大好きなの。ゴブリンのガールフレンドになりたくないなら、彼らの命を終了させてやりなさい」
意味深なアスカの笑みに、シンの背筋を怖気が走った。
それは最悪の形。
ダンジョンで敗れた人類に訪れる最後。
生きたまま捕食される他に、尊厳を破壊されて死ぬというものだった。
そんな最悪を想定して、シンは強い抵抗をする。
その思いが、否定が武器の形を模った。
「それがあなたの武器の形なのね、シン」
真っ黒な槍がシンの右手に渦巻いた。
先端には波打った刃がついている。
シンに槍を扱った記憶はない。
しかし距離を積められたくないという恐れが中距離からでも一方的に殴れる槍を想起させていた。
アスカは笑う。
それでいい、と。
その武器こそが次のステップに必要不可欠。
これはまだ序章に過ぎない。
大いなる進化の前の準備運動。
否定の刃は、ゴブリンを切り裂いた。
シンはゴブリンの死体の山の上で、ヘトヘトになりながら尻餅をついた。
「よくやったわね、えらいわよ」
「お姉ちゃんがいじめるー!」
感情の発露があった。
どこかあすかに対して心を閉ざしていた部分のあったシン。
他人であるというのもそうだが、シンがひた隠しにしていた本当の性別に対してあけすけにして見せたことに対しても恨み言が募った。
その上でこの暴挙である。
恨み言の一つくらい言いたくもあった。
「はいはい、ごめんなさいね。でもどっちみち、ここで潰れているようじゃ上にはいけないわ」
「だからって、苗床なんて嫌だよー」
「ああ、それね。嘘だから」
「嘘なの?」
「うそよー。人間ならともかく、ダンジョンモンスターに性欲はないもの。あれはダンジョンの侵入者を襲うように命令されているだけよ」
「誰から?」
「ダンジョンに意志があるんじゃないかって言われてるわね」
「よくわかんない」
「あたしもわかんないことばかりよ」
アスカは肩をすくめ、ゴブリンの死体に向き直る。
ここからが本番なのだ。
殺すことは下ごしらえに過ぎない。
ダンジョンがモンスターを消化する前に、アスカはやることがあるとシンに言った。
「やること?」
「そ! このゴブリンを今から捕食するの」
「ここで?」
「そうよー。あたしも下積み時代は隠れて食べてたんだから」
「お姉ちゃんも通った道なんだ?」
「どんなやり方か気になる?」
「少し」
全部ではない。
そしてそれがどんなのことかシンは薄々勘付いていた。
何せゲテモノ趣味がそれを物語っている。
おもむろにアスカは鎧の一部から銀色の触腕を伸ばしてゴブリンをパクりと飲み込んだ。最初こそは平常だった顔が、みるみる青くなっていく。
「まっず」
そしてウエーと舌を出して苦い顔をした。
「それはチャリオットが捕食してるんじゃないの?」
「これはチャリオットを肉体の一部と開いて操ってるだけよ。感覚はあたしも味わうの。でもね、自分の血肉になった時、その特性を取り込めるようになるの」
「特性を?」
「たとえばこんな感じね。オーバーライド、ゴブリン」
アスカが呪文を唱えると、足元から銀色の体表を持つゴブリンが生み出された。
「ゴブリンが生まれた?」
「厳密には違うものよ。でもね、これはゴブリンそのものなの。そして面白いことにダンジョンのゴブリンはこれを仲間と認識するわ」
「え?」
シンは理解が及ばない顔をした。
スライムの分け身から生まれたゴブリンが、なぜダンジョンのゴブリンと同一個体だと誤認させられるのだろうと。
「けれど、これはあたしの操れるもう一つの自分でもあるわけ」
アスカは楽しそうに笑う。
シンは即座にその後に起こるであろう現象を想像した。
「もしかして、巣穴にこれを紛れ込ませて同士討ちを誘うの?」
「あら、賢いわねー」
あってた。本当に姑息な手段だ。
しかしあれほどの多勢に無勢な攻撃を受けた手前、シンはそんな手があるんなら最初からやって欲しいと唇を尖らせている。
「あ、その顔はできるんなら最初からやれって顔ね?」
「そ、そんなこと思ってないよ」
「そう思いたい気持ちはわかるは、でもね、これができるようになるにはそれなりの数を食べる必要があるのよ」
「これだけがゴブリンの技ではないと?」
「まぁね。目下の目標はピッキーで内のチャリオットと同じことができるようになることね」
「それってどれくらいかかるの?」
「あたしの場合、三日かかったわ」
「うへぇ」
「ちなみに三日ダンジョンに篭って、ようやくって意味よ」
「うぇえええええ!?」
シンは雄叫びをあげた。
それはつまり飲み食いを全てゴブリンの血肉で済ませろというのと同義であるからだ。
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