第8話 ルーキー壊しのアスカ
重い足取りで、ハンターズギルドに赴く男が一人。
歳のころは40半ば。頭部は禿げ上がっており、顔に迫力のある筋骨隆々の男であった。両手には身なりにそぐわない書類を抱え、それを鬱陶しそうにカウンターに放った。
「嬢ちゃん、また頼むわ」
「シゲさん、例の解体は?」
「シンのおかげで何とか片付いたよ。おかげで半日付き合わせちまったがな」
笑うシゲの様子に、シホは何と答えて良いか分からないでいた。
だってその先に続く言葉がありありとわかってしまうから。
「またシンには働いてもらわなきゃいけなくなった。坊主の予定はいつ頃空いてる? なまモンが多いからな、至急取り次いでもらいたいんだ」
ほら、やっぱり。
何と返そうか答えあぐねているうちに、シホの様子を察してシゲが軽口を噤む。
「坊主に何かあったのか?」
「ええ、実は」
意を決したシホは、今朝の顛末をシゲに語る。
「なぁにぃ!? アスカに捕まった!? なんでだ」
シゲからしてみたら寝耳に水である。
この区域でのSランク様は何とも変わり者で、素質のあるものを見繕って修行させるきらいがあった。
しかしそれで大成した人は少なく、殆どが無理な修行で体を壊してしまう。
人呼んで『ルーキー壊し』
本人は良かれと思っての指導で、引き受けたルーキーも望んでその修行を受け入れたからこそ誰も何も言えなかった。
「よりによってなんでシンが。あいつにSランク様のお眼鏡にかなうほどの素質なんかありゃしねぇ。本人も貧弱で、相棒のスライムだって消化力以外は特に秀でた素質を持っちゃいねぇ。なんならうちの解体屋で一生世話してやるつもりでいたんだがなぁ」
シゲは善意で言っていた。
危険の伴うダンジョンについて回るのは怪我も絶えない。
駄賃だって一食分賄えるかどうか。
だったらうちの正社員にして、衣食住を提供してしまおうという準備もできていた。
あとはシンの気持ち一つだった。
それを横からかっさわれたのだ。
溜まったものではないと、悪態をついている。
「それが、彼の相棒のことで彼女が興味を示しまして」
「ピッキーが?」
「はい、黒く変色していたのです」
「ブラックスライム? 依頼を終えて返すときはいつもの青色だったぞ?」
「ですが、それをみた住民が怖がってしまって」
無理もない。ブラックスライムはAランクダンジョンのモンスターだ。
凶暴で人を見るなり襲いかかってくると多くの配信者の動画で目撃されていたのだ。
見つけ次第駆除せよとは、他ならぬ高ランクハンターの呼びかけだった。
ピッキーが悪さをしたわけではないが、呼びかけに準じた市民を悪くは言えないかとシゲも納得した。
「それで坊主共々補導したってわけか」
「はい……本当なら謹慎中に高ランクハンターと共同生活でもさせて食事の世話くらいはする手筈だったんですが、そこに立候補したのが」
「アスカってわけか」
「ええ『この子はあたしが育てるから』の一点張りで、なぜか気に入られてしまって」
「気に入られる要素なんてあったか? 何だったら初めて顔を合わせたようなモンだろ?」
アスカの気まぐれっぷりは念入りで、なんならこの区域に帰還したのも5年ぶりだ。
それまでは地方のダンジョンで派手に暴れ回っていた。
対してシンは三年前に他の区域からここへ流れ着いて仕事を探していた。
前の町で出会っていたんならともかく、シホの言い分では初対面だという。
「あーあ、もったいねぇな。せっかく良い感じに育てたってぇのによ。また新人を1から育て上げなくちゃか? 最近のハンターどもはすぐに根を上げるからな。シンほどのガッツが足りねぇんだ」
シンは線こそ細いが仕事に向かう真剣さはそこら辺のハンターに負けないほどの入れ込み用であった。
これがハンターだったら、見返りの少ない解体業にここまで身を入れない。
バイト程度の感覚で、適当に仕事をこなして依頼料だけせしめていくのが多かった。
シゲがシンを気に入っているのはその生真面目さと貪欲に技術を盗んで自分のものにする意欲だった。
「ゴミ一つとっても、処理の仕方が違えばひどい臭いを発するもんだ。シンの処理は的確なんだぜ? 俺はそれを高く評価してやってるが、他の連中はそこも加味して仕事を割り振ってやってるか?」
シゲの帰り際に放った言葉を受け、シホは何も言い返せなかった。
シホにとって、シンはどこにでもいる少年である。
テイムしたスライムは最弱とどこかで決めつけていたのは事実だ。
ギルドとしては、最低限の仕事の割り振りをしているだけ温情だ。
シホもそう思っているし、他の職員も仕事を与えているだけマシという考えだ。
だからシゲがあれほど入れ込んでいると聞いて耳を疑ったものだ。
果たしてそんな将来有望な少年をアスカに預けてよかったのか。
もしダメだとしても、シホにそれを止める権限はなかった。
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