第6話 珍味



「どう、美味しいでしょ? これはどこの部位かわかるかしら?」


アスカの意地悪な質問に、シンは首を横に振るばかり。

今まで食べてきた串焼きの部位だってわかりやしないのに、どこがどこの部位なんて答えようがなかった。


だが、アスカが好んで食す部位だけは知っている。

ゲテモノ喰いの代表格。心臓だ。

それもモンスターの血の滴る心臓を。

しかし出てきたのは想像よりもまともで、これが噂の部位だとはシンも理解できずにいた。


「心臓、ですか?」

「正解! どうしてわかったの?」

「お姉ちゃんの噂は有名ですから」

「敬語になってるわよー? あたしには敬語使わなくて良いって言ったでしょ?」

「でも……」

「これはね、命令なの。わかった?」

「はい」

「そこはわかった、と言ってちょうだい」

「わかった」

「ヨシ!」


どこに地雷が埋まっているのかわからない。そんな会話をやり過ごせば、再び静かな食事が始まった。

今のシンにとって、目の前の料理はゲテモノとは程遠い美味しすぎる料理にしか見えなかった。

行儀が悪くても良いなら、ソースの一片まで舐め尽くしたいほどにその料理は美味だった。


「美味しかったー」

「ふふ、満足いただけてよかったわ」


血の様に真っ赤なドリンクを流し込むアスカ。

芳醇な葡萄の香りに混ざってどこか血生臭が漂う。

気のせいじゃなければモンスターの血を使っているのは嗅覚の鋭くないシンでもわかるものだ。

だが嫌な顔はしない。


もしかしたら美味しいかもしれないからだ。

先ほどまでの料理のどれもが美味しかった。

だから香りに雑味を感じても、それはアクセントだと思う様にした。


「シン、この飲み物が気になる?」

「お姉ちゃんが好きで飲んでるもの、僕が嫌うはずないじゃない」

「私の前では私と名乗る様になさいねー」

「僕のままじゃダだめぇ?」


一人称まで指定されるのは納得できない。

まるで過去の自分を全否定されるみたいでシンは納得できずにいた。


「ま、まぁ今日のところはいいでしょう」


アスカは何度も咳を切り、顔を赤くしながらグラスを傾けた。

なぜ見逃されたのか、シンはよくわからないままグラスに注がれたジュースを口に運ぶ。

そこには微かな血の生臭さに混ざって、野菜と果物のフルーティさが加わった複雑な味がした。


「あ、うん。そういうことか」


血の味は確かに雑味ではあった。

しかし一口、二口と飲み進めれば野菜の青臭さ、果実の渋みをうまく中和してくれる第三の味覚となって顔を出した。


最初こそ生臭さが気になったが、今ではすっかりこの味がお気に入りになっていた。

複雑な味を知らないシンであったが、またここにきたら苦手意識を持たずに飲み進めることができる感覚を掴んでいた。

それを見るアスカの表情は何かを測るように鋭利であることにシンは気づかなかった。


「体調はどう?」

「特には」


食後、レストランを出るなりそんなことを聞かれた。

意味がわからないシンは、まさかそのまま最寄りのダンジョンに赴くだなんて思いもせずに躊躇する。


「あの、お姉ちゃん。これは?」

「何って、ダンジョンよ。食後は絶対に潜るって決めてるの」


だったら一人で潜って欲しい。

シンはただでさえ無防備な格好をしている自分を思い浮かべ、不安を過らせた。


「大丈夫よ、今のあなたとピッキーは一心同体になっているから」

「え、それってどういうこと?」

「この姿は、他人にあまり見せたくなかったんだけどね。特別にシンにだけ見せてあげるわ」


一人話を進めていくアスカ。

話についていけないシンは立ち尽くし、目の前で起こっている現象を見守ることしかできなかった。

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