第12話


「……はあぁっ、はぁっ……」


 そうだ。忘れていた。【神の目】は強いが、その分消耗も激しいんだ。心臓の鼓動が早くなったのもあり、俺は胸元をしばらく押さえていた。


 残念ながら魔石は落ちなかったものの、それでも達成感は凄かった。仮想ダンジョンで纏めて敵を倒したときも爽快だったが、これは本物のダンジョン、それもAランク以上と思われるダンジョンのモンスターを倒したわけだからな。


  だが、周囲からの礼賛は当然、最前線で戦っていたヒデキに向けられていた。


「さすが、C級ハンターのヒデ兄だ。本当に頼りになる」


「本当にそうね。ヒデキさんがいてよかったわ」


「ヒデキさん格好いい!」


「ヒデキのおかげだ! 最高のアタッカーだな!」


「……へ、へへっ。一時はどうなることかと思ったが、まあ倒せてよかった……」


 ばつが悪そうに頭を掻き毟るヒデキさん。そりゃそうだろう。彼にとっては、倒した手応えもないのにアビスナイトが勝手に沈んだように見えたはずだからな。


 それでも、状況的にそういった声ばかりじゃないのも確かだった。 犠牲者が一人出てしまったことで、その場にはなんとも重たい空気が立ち込めていたからだ。


「タツキ……畜生。折角念願だったDランクに昇格できて、これからだってときによ……」


「本当にな。今までなんのために必死こいて頑張ってきたんだよ、こいつ……」


 アビスナイトに殺されたタンクタイプのハンターの変わり果てた姿を見て、沈痛な声を上げるハンターたち。


 俺自身、あいつには逃げろと忠告したものの、それを言う前に【神の目】でアビスナイトを倒すべきだったのかもしれない。


  だた、そうやって簡単に倒してしまうと、事の重大性に気が付かずにさらなる犠牲者を生んでいた可能性すらあるのも事実だ。


「なあみんな。ちょっと、いいか。提案があるんだ」


「「「「「……」」」」」


 ヒデキさんがそう発したことで、みんなが注目して黙り込む。これから何を発言するのかと見守っている感じだ。


  彼がアビスナイトを倒したと思われたことで、今まで以上に説得力を持たせることに成功したみたいだな。


 俺としては少し複雑だったものの、ヒデキさんは悪い人だとは思えないし、結果的にはこれでよかったのかもしれない。


「なんとか倒せたからよかったけどよ……。手応え的には、到底Eランクのモンスターとは思えなかった。ありゃ、間違いなくB以上はある……」


「「「「「ザワッ……」」」」」


 周囲が俄かに色めきたつのも無理はなかった。つまり、ここはEランクダンジョンではなく、高ランクダンジョンではないかという可能性が濃くなったからだ。


「タツキは残念だったが、Eランクダンジョンじゃないとわかった以上、俺たちはその死を無駄にするわけにはいかねえ。ここでしばらく待機して、後から有力なハンターが入ってくるのを待ちたいと思う。誰か、異論はあるか?」


「「「「「……」」」」」


 その場にいるハンターで、異論を唱えるものは誰一人いなかった。俺もその一人だ。


 彼が言いたいことはわかる。実際に来たわけでもないからか、あえて口にはしなかったが、近隣で一番ランクの高いB級ハンターのトシヤを待つべきだってことだろう。


 実際、ヒデキさんの提案は一理あるし賢明だと思える。トシヤが来れば戦力も士気も当然上がるが、俺にとっては因縁の相手。あいつが来ることによって雰囲気がガラリと変わるのが懸念材料だった。


 そういうわけで、 しばらくその場で待機していたときだった。後ろの扉が青白く光ったかと思うと、そこからキザっぽい雰囲気の青年が登場した。


 トシヤだ。俺たちが集まってるのを見て、最初は警戒したのか硬い表情で杖を構えたが、まもなくそんな雰囲気じゃないと察したのか表情を和らげた。


「お、トシヤさんだ」


「これで百人力だ!」


「トシヤさん、来てくれてありがとう!」


「おう、トシヤ。待ってたぜ!」


「わ、わりーわりー。遅れちまった」


「…………」


 遅れて合流してきたくせに歓迎ムード。本当に胸糞が悪いが、俺も一応拍手して迎えた。 声を出さない理由は、声色で俺がミチアキだとやつにバレないためだ。


「さて、遅れて悪かったが、状況はどうなってる?」


 トシヤが鋭い目で周囲を見渡す。


「トシヤ。ダンジョンのランクが急に変わっちまって。犠牲者も出てる」


  ヒデキさんが声をかけると、トシヤは驚いた顔を見せた。


「おいおい、誰が死んだんだ?」


「タツキだ。ヒーラー3人で支援したが、耐え切れなかった」


「うへえ、あいつDランクのタンクなのに、マジか。それじゃ、ここ絶対Eランクじゃねえな」


「あぁ、間違いなくB以上はある。圧力が物凄かった」


「なるほど。よし、ヒデキ。そうとわかったら、ここからは俺が指揮を取る。各自、持ち場に戻れ!」


 トシヤの偉そうな指示により、俺たちは再び動き出す。しかし、底辺ハンターたちがトシヤに何やら耳打ちしたかと思うと、やはり俺に対しては冷たい視線を向けてくるのだった。


「ちょっと待て。お前だ。ドウミョウとか言ったな」


「……何かな?」


  無視するわけにもいかないので、俺は普段より低い声を出した。


「お前、ハンタータイプはなんだ」


「…………」


 どうするか。ヒデキさんに対してやったみたいに、秘密にしておく、なんて道理が通じる相手じゃない。


「なんでもいいだろう」


「……はあ? お前、一人だけ何もしてないらしいけど、どういうつもりだよ」


 遅れてきたお前が言うなと思うが、周りの目もある。ここは何か言い返さないといけない。


「あ、トシヤ。ちょっと待ってくれ」


 そこで助け船を出してくれたのがヒデキさんだった。


「ドウミョウは新入りで、緊張してるみたいだから、大目に見てやってくれないか?」


「……そうか。見慣れない顔だと思ったら、こいつは新人ハンターか。みんなお前より強いやつばかりだから緊張するのもわかるが、これからは俺がリーダーだ。だからよく聞け、ドウミョウ。これまでのようにはいかないからな。あまり足を引っ張るようだったら、覚悟しておけよ」


「……ほら、ドウミョウ。むかつくのはわかるが、返事しろって……」


「……わかった」


「……ちっ……」


 トシヤは俺を睨んで舌打ちすると視線を逸らした。まだ納得がいっていない様子だったが、ヒデキさんがフォローしたことが影響したのかそれ以上は言ってこなかった。


 もし本当に危害を加えてくるようなら、相手はB級ハンターだから躊躇せずに【神の目】を使う必要がありそうだな……。

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