第3話 貴方のために出来ること
セレンは、早い時間に王宮を訪れた。シュタイン社では新製品のお披露目会が行われているが、セレンにとっては二度目。従業員への指示は最短で行い、把握できている問題には先回りして対策を打った。
そこまで急いだのは、目の前で死んでしまったカルロス王子のことが頭から離れなかったからだ。
「大きな荷物ですね」
少年侍従が目を丸くする。
「カルロス様に贈り物なの」
小さく微笑み、「お喜びになると、いいですね」と呟いて、荷物を半分持ってくれた。
魔道具部屋でカルロス王子が来るのを待つ。その間も怒号と悲鳴、セレンを責める声が、耳から離れなかった。
「早いな。早速聞かせてもらおうか」
カルロス王子が魔道具を構える背中を思い出す。その後、爆発したのだ。
「明日、画像記録の魔道具が届きますよね。それが、爆発します」
あの魔道具に細工をされたのだと思っている。
「爆発? 今日じゃなくて、明日の方か? では、魔道具店が何か仕込んでいたのか?」
「いえ。組み立てたのは私です。そのときには変なことはありませんでした」
「シュタイン嬢が嘘をついているということは無いだろうな?」
バーナード様の視線が冷たかった。
前回の記憶があるのは、指輪をしているセレンだけ。作り話だと言われても証明できない。
「まぁ、まぁ。シュタイン嬢は、私が死ぬのを防がなければ、何度も同じ時間を繰り返すんだ。嘘をつく意味はないだろ?」
「そうですが……」
「とにかく、明日届く魔道具に気を付けておこう」
「組み立て終わったあと、湯沸かしの魔道具を修理するために席を外したんです。その間、この部屋は無人だったと思います。魔道具に仕込みをするのなら、そのときしか考えられません」
「確かに、最近、あの魔道具は調子が悪いな。しかし、なぜここで修理しなかったんだ? 動かせないほど大きな魔道具ではないはずだが」
バーナード様は、まだ疑っているようだ。
「あの~。恐らくですが、修理を見学したかったのではと……」
「あぁ……。その可能性は大いにあるな」
バーナード様の顔に、疲れが滲む。
カルロス王子は、無類の魔道具好き。王子としての立場があるので、大っぴらにはしたくないのかもしれない。廊下にまではみ出した魔道具コレクションをみれば、隠せているとは思えないが、ここまで来れる者は限られる。
「明日届く魔道具から、目を離さないことをお勧めします」
「あぁ。わかった」
「部屋に鍵をかけることも考えねばなりませんね。あと、少しは整理してくださいね」
「むっ」
カルロス王子が、頬を膨らませた。その表情が思いの外、子供っぽくて可愛らしい。
「あっ!!」
「どうした?」
「あの……。ご迷惑かもしれませんが……。今日、わが社では、新作のお披露目会がありまして、カルロス様にどうかと思って、持ってきたのですが……」
整理をしなければいけないくらいなら、魔道具を増やしてしまうのは申し訳ない。
「本当か! シュタイン嬢は、気が利くな!!」
音を立てて立ち上がると、ガシッとセレンの手を握る。
「あの。ご迷惑ではございませんか?」
主にバーナード様に向かって聞くと、カルロス王子は不機嫌そうにした。
「殿下が、整理をしてくだされば問題ありませんので」
箱から録音再生の魔道具を取り出して、簡単に説明する。
「これは有名な歌手の歌ですが、こちらに取り替えればオーケストラが流れます。動力はクリスタルですので、魔力が切れるまで、ずっと流しておくことができます」
「入れてみますか?」と聞けば、躊躇無くスイッチを入れた。
「カルロス様。先ほど魔道具が爆発したと言われたばかりですよ」
バーナード様は呆れているが、優しい音色が流れ始めれば、二人とも物珍しそうに魔道具を観察し始めた。
「このまま一緒に食事にするのはどうだ?」
「いえ。御遠慮させて……」
セレンが全てを言い終わる前に、バーナード様が少年侍従を伝言に向かわせていた。
「遠慮することはない。ただの昼休憩だからな」
その言葉通り、簡単なランチだった。
「食後に、画像記録の魔道具を試したい。今日届くのはシュタイン社のものだが、使い比べてみたいんだ」
前回は、使い比べること無く爆発してしまった。
明日の魔道具は絶対に目を離さないと、組み立てを手伝いながら誓う。
「シュタイン社の魔道具は、構造部分が見えないのだな」
昨日も聞いた言葉に、胸が締め付けられ悲しくなる。
「わが社の製品は、精密にできておりますので」
それと、勝手に構造をいじれないという効果もあったようです。
セレナは同じ台詞を繰り返しながら思った。
カルロス様は、魔道具を試して満足そうだ。
「今日はもう、帰っていいぞ。その代わり、明日は頼む」
「あの、暖房の魔道具が使えないのは、不便ではありませんか?」
アンティークの魔道具だ。
「新しいのがあるからな。明日で構わない。まぁ、とにかく今日は休め」
次の日、お昼休憩に間に合うように出向き、ライバル社の魔道具をカルロス王子と共に組み立て、まずはセレンが使ってみせた。問題なく動くことを確認すると、カルロス王子も試してみて、シュタイン社のものと比べている。
「たしかに比べると一目瞭然だな。シュタイン社の方がきれいだ」
「その分お値段も上がってしまいます。従来の品もありますので、お客様には予算と相談の上でお買い求めいただいております」
「従来のものもあるのか?」
「性能ですと、こちらとほぼ同等だと思います」
カルロス王子の持っているライバル社の魔道具を示す。
「どうして、これに決めたんだったかな……。たしか夜会の時に、魔道具の使い比べが趣味だという人がいて……」
「それに対抗して、注文したのですよ」
バーナード様が呆れている。きっと、魔道具関係では、苦労が耐えないのだろう。
「では、私は、この部屋で修理をしております」
「そうだな。早めに執務を終わらせるとしよう」
湯沸かしの魔道具の修理が終わるころ、聖女エラーがやってきた。
「あら、ごきげんよう。どこか痛いところなど、ございませんか?」
従者のもつ魔道具を自分の方へ引き寄せながら可憐に笑う。治癒の魔道具は多量に魔力を必要とするから、自由に使えるエラーは貴重な人材だ。可愛らしい見た目で体調を気にかけてくれるのだから、好かれるのも当たり前。
「御気遣いありがとうございます。大丈夫です」
「それでは、失礼いたしますわ」
エラーはそのまま、隣の執務室を訪ねたようだった。
やはりカルロス王子の特別な存在なのだろうと、ぼんやり思う。
修理も終わり、部屋にある魔道具の調子を確かめていたら、カルロス王子がやってきた。
「お疲れさま。今日はこれを持ち帰ろう」
構造を確認し、正しく使えることを実践すると、カルロス王子は魔道具を受け取った。
これで、カルロス王子の死亡を防げたと思ったのに……。
その夜のこと。一日が終わる安心感に満たされながら自分の部屋に向かっていると、急に、激しい目眩に襲われる。吐き気を伴う不快感と、天地が逆転するような感覚から立っているのも困難で、廊下にしゃがみこむ。
「大丈夫か?」
体を支えられていることに気がついて目を開けると、カルロス王子がセレンの顔を覗き込んでいた。
「その様子では、指輪の呪いは本物だったようだね。しかし、私が死んでしまうというのは残念だよ」
聞いたことのある言葉に、愕然とする。
「なぜ……?」
「なぜって? 人生19年なんて短いと思わないか? まだまだ、楽しまなきゃ。君もそう思うだろ?」
「なぜ、また死んでしまったのかと聞いているのです!!」
セレンの瞳から、涙が溢れた。次々に溢れだす涙が止められない。
「すまない。泣かないでくれ」
そうだった。侯爵家も味方かどうかわからないのだった。
カルロス王子はセレナの頬を優しく触り、「お願いだから、泣き止んでくれ」と眉を下げた。
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