第2話 指輪に籠められていたもの

「カルロス様は、アンティークのコレクターなのかしら?」

 セレンは、少年侍従に話しかけた。

「そのようなものです」

 曖昧な言い回しに、聞いてはいけなかったのかと思う。

「お飲み物をお持ちいたしますので、お待ちください」

 一人ポツンと取り残されると、何をしていればいいのかわからない。セレンは、壁際に飾ってある魔道具を見て回った。


 こうしてみると様々な魔道具が並んでいる。初めて見る古い物から、ライバル店が発売した話題の新作まで揃っていた。


「これだけあるんだもの。少なくとも魔道具を嫌いということはないわよね」 


 指から外れなくなってしまった指輪を見る。何のために自分は呼ばれたのだろうか。


「こちらの魔道具を組み立てて下さい」

 バーナード様に、まだ、箱に入ったままの魔道具を渡された。安さを売りにしている魔道具店の、画像記録の魔道具だった。

 セレンにとっては、他社のものであろうと手慣れたものだ。組み立て終わると、カルロス王子が慌てた様子で現れた。


「よかった。帰る前で。魔道具が壊れてしまったんだ」

 その様子にバーナード様は、「それ、今じゃなくてもいいですよね」とため息をつく。

 バーナード様を鋭く睨み付けたカルロス王子は、セレンの腕を掴み執務室へ向かった。


 書き物をしている文官が何人もいが、セレンが入ってきても誰一人として顔を上げない。

 場違い感を感じながらカルロス王子についていくと、大きな執務机の隅に湯沸かしの魔道具が置かれている。

 古くはないが、よく使いこまれた物だ。


「では、お預かりさせていただきます」

「いや、ここで直せ」

「えっ」


 気まずいのだが、誰も何も言わない。バーナード様に視線を向けても、小さく首を振られてしまった。


 仕方がなく工具を取りだし、修理を始める。カルロス王子の視線を感じて顔を上げれば、セレンを見ているのではなく、魔道具を熱心に見ていた。


 やっぱり、魔道具好き……?


 クリスタルに書き込まれた魔方陣を直し終わると、やっと視線を感じなくなった。そっと顔を上げれば、真剣な顔で書類に目を通している。鋭い視線ですら、見とれるほどの麗しさだった。


「見事な技術だな。こっちはもう少しで終わる。新しい魔道具を試したいんだ」

 見ていることに気がついていたようで、少年のように笑った。

 胸が高鳴ったのを隠したくて視線を魔道具に戻すと、急いで修理を再開した。正常に動くことを確認し、汚れを磨いていく。新品と見間違えるほど、きれいな状態になった。


「シュタイン嬢。やりすぎじゃないか? さて、昨日の魔道具と比べてみたいんだ」


 嬉しそうに魔道具の前に立つと、魔力を流す。


 バン!!


 大きな音と共に爆風が起こる。顔や首、胸などに切り裂くような激しい痛みが襲い、吹き飛ばされた。

「カルロス様!!」

 バーナード様の悲痛な声が響く。

「セレン・シュタイン!! 何てことをしてくれたんだ!!」


 自分が組み立てた魔道具が爆発したことに呆然としていた。怪しいところなんて無かったのに……。


 音を聞き付けて、執務室から文官が飛び出してきた。


「聖女様!! 治癒をお願いします!!」

 あの金髪の可愛らしい令嬢が駆けつけてくる。

「キャー!! カルロス様!!」


 エラーは意識を失ってしまった。


 魔道具の中から、爆風と共に金属片が飛び出したのだ。少し離れていたセレンも、顔が焼かれ金属片が突き刺さり、目も開けられず、痛みにのたうち回っている。魔道具を構えていて直撃したカルロス様は、顔が判別できないほどの悲惨さだろう。

「聖女様!! カルロス様をお助けください!!」


「カルロス様!!」

 バーナード様の叫び声!! 一気に魔力が抜け、天地がひっくり返ったような感覚。吐き気に似た不快感がセレンを襲う。


「大丈夫か?」

 体を支えられていることに気がついて目を開けると、カルロス王子がセレンの顔を覗き込んでいた。


「その様子では、指輪の呪いは本物だったようだね。しかし、私が死んでしまうというのは残念だよ」

 カルロス様は、瀕死の重傷だったはず……。


「なぜ……?」

 かすれた声が出た。


「なぜって? 人生19年なんて短いと思わないか? まだまだ、楽しまなきゃ。君もそう思うだろ?」


 いや、何故無事なのかを問うているのだが……。


「それにしても、昔の魔法ってのはすごいね。死に戻りまで可能だなんてね」

 そう言いながら、指輪をつついた。


 昔の魔法……。死に戻り……? ……まさか!!


 見回せば、そこは侯爵家。カルロス王子と侯爵家で会うのは、二日前のあの時しかない。


「カルロス王子は、・・」

「その話は明日にしよう。王位継承権が絡みそうだからな」

 その点では、侯爵家も味方とは限らない。


 セレンはカルロス王子を見つめたまま、溢れそうな涙をこらえていた。


 悲鳴と怒号、そして、焼けるような痛みが残っている。こんなにお元気なカルロス王子が、死んでしまった。私の組み立て方が悪かったとは思えない。


 では、何故……


「送っていこう」


 カルロス王子は気にかけてくれたようだが、セレンは自分の気持ちと置かれた状況を整理するので精一杯だった。

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