腹黒王子の死に戻りに巻き込まれたので、全力でループを回避します
翠雨
第1話 やっと見つけた運命の人?
「やっと見つけた。私の運命の人」
目の前には、麗しい御尊顔が。目尻を下げて、セレン・シュタインのことを見つめている。このお方、王位継承権争いに興味がないセレンにもわかるほどの、高貴なお方。4人いる王子の中でも、飛び抜けて優秀だと言われている、末の王子のカルロス・フォード様だ。
お得意様の侯爵家に呼ばれて来てみれば、あれよあれよという間に応接室に通されて、「君に会いたかったよ」とエスコートされ、気がついたときにはソファーに座っていた。カルロス様は、セレンの前に膝をついて優しく手を握っていらっしゃるのだが、なんだ? この状況。
「君しかいないんだ」
意味がわからず、ポカンと口を開けていることは許してほしい。
「もう絶対に離さない」
流れるような動作でセレンの指に指輪を通し、差し出されたナイフで自分の指の腹を傷つけ、滲み出た血を石に押し当てた。
途端に魔力が吸われるような感覚に襲われ、グラリと世界が傾く。目をつぶって目眩に耐えていると「さすが、シュタイン令嬢」と聞こえた。
恐る恐る目を開けると、カルロス王子が指輪を確認している。指に通したときには大きすぎて、まったくサイズがあっていなかった指輪が、今は吸い付くようにぴったり。石の色も白っぽかった気がするのだが、今は赤く染まっている。
「えっ? 」
何が起こった?
「上手くできただろ?」
カルロス王子が自慢げに見上げているのは、……たしか、右腕で護衛でもある、バーナード・ハリスン様だ。公爵家の令息で、切れ者だと聞いた気がする。
「シュタイン令嬢は混乱していただけですが、指輪が効力を発揮したのですから。見事なご手腕です」
蕩けるような笑顔を浮かべていたカルロス王子が、がらりと表情を変える。ソファーに座り、長い足を組むと膝の上に頬杖をついた。セレンの目を真っ直ぐ見たまま、片方の口角を上げて不敵に笑う。
「シュタイン嬢は、魔道具に精通しているとか?」
甘い雰囲気で愛を囁いていた先程までとは打って変わって、猛禽類のような視線でセレンのことを見定めているようだ。
「はっ? ……はい。我が家は、魔道具店を営んでおりますので」
「では、明日から、魔道具師として王宮に来てくれ」
「えっ? ですが、店が……」
必死に頭を巡らせる。名誉なことだが、セレンにはシュタイン社も大切だ。
しかも、明日は、新しい魔道具の発表会がある。従業員に任せればいいのだが、少し不安だ。
「シュタイン社のことは、よく知っているよ。新しい画像記録の魔道具を取り寄せることにしたんだ」
従来のものよりも鮮明な画像を記録できるように、改良したものだ。
「ご厚意にしていただき、ありがとうございます」
「君のところの商品は、いいものが多い。私も執務があるからね。午後から来ればいいよ。それなら店のことも何とかなるだろ?」
「……わかりました」
王子のお誘いを、伯爵令嬢であるセレンが断るなどあり得ない。明日からの行動を考えながら、頷いた。
「では、私はこれで失礼するよ」
「あっ、指輪は?」
「それは、君へのプレゼント。効果はそのうちわかるんじゃないかな?」
ニヤリと意地悪く笑うカルロス王子に、嫌な予感しかしなかった。
次の日、セレンは工具箱を片手に提げて、王宮を見上げていた。
馬車で送ってもらったのだが、午後一番にはすこし遅かった。シュタイン社の新作発表が大盛況で、なかなか店を出られず、今も、許されるのであれば接客をしていたいくらいだ。
入り口で名乗れば、カルロス王子の少年侍従が待っていて、執務室まで案内してもらえた。廊下の両側にある棚の上には、様々な魔道具が置かれている。
「執務室はこちらですが、今の時間は……」と言いながら、隣の部屋を覗いて「いらっしゃいました」と呟いた。
「カルロス様。シュタイン令嬢を連れて参りました」
何かに夢中になっているカルロス様が、顔を上げた。
「遅かったな。来ないかと思ったぞ。今は機嫌がいいからな。言い訳を聞いてやろう」
「今日はシュタイン社の新作発表でして、店を出るのが遅くなりました。そもそも時間を指定されておりませんでしたので」
「今、何と言った?」
猛禽類が獲物をみるような視線が突き刺さる。不味い……怒らせた。
「いえ。遅くなりまして、……」
「そこじゃない」
「へ?」
「新作がどうとか言っていなかったか?」
・・そっち?
「録音再生の魔道具が出来上がり、その完成お披露目会だったのです」
カルロス様は、ガタンと音をたてて立ち上がり大股で近づいてくると、セレンの肩を掴む。
「録音再生の魔道具だと!? 私にも見せろ!!」
「へ? いや、あの!!」
掴まれている肩が痛い。
「カルロス様、令嬢が驚いています。手を離してください」
バーナード様に言われ、渋々といった様子で手を離したカルロス様は、「お披露目会は、いつまでやっている?」と詰め寄ってくる。
「今日だけです。そろそろ終わる頃かと」
「なんだと!?」
セレンは身を竦める。空気がビリビリと震えるほどの怒気だった。
「カルロス様、こちらの魔道具は、しまっていいですか?」
「待て」
カルロス王子の怒気がおさまる。バーナード様が助け船を出してくれたようだ。
王宮なんてセレンには場違いだ。なぜ雇われたのだろうと、疑問に思う。
「そんな顔をしていないで、こっちに来い。シュタイン社の魔道具は、中を見ることはできないのか?」
後ろ向きな考えがよぎっていたが、製品のこととなればスラスラと言葉が出る。
「うちの製品は、精密にできていますので」
構造部分を開けられる魔道具社もある。修理が楽だったり、カスタマイズできたりと良いこともあるのだが、我が社の魔道具は高性能を売りにしているので、構造部分を開けることはできない。
カルロス様はあまり納得できないようだったが、魔道具を構えて魔力を流した。
ジーッと音がなり、手のひらサイズの紙が出てくる。
表面の揺らめきが止まると、窓から見える景色が写っていた。
「おぉ。さすがだな」
カルロス様が、目を輝かせて笑った。
あれ……? 怒っていたはずでは??
「性能が段違いだな」
魔道具と景色を写した紙を見比べている。
その時パタパタと小さな足音が響き、美しい金髪をなびかせた可愛らしい令嬢が入ってきた。
「カルロス様。ごきげんよう。どこか痛いところなど、ございませんか?」
後ろに控えた従者が、治癒の魔道具を抱えている。
「いや、ないな」
「何かございましたら、聖女エラーにお任せください」
聖女……? セレンは首を傾げた。魔法を自由に使えた大昔には、実際にそう呼ばれる女性がいたようだが……。
「私は執務に戻る。シュタイン嬢には、あれの修理をお願いする」
エラーはすまなそうな顔でセレンを見ると、カルロス王子の横に並んで体調を気づかい始めた。
カルロス王子は婚約者を決めていないはずだが、特別な仲の令嬢がいてもおかしくはない。セレンは気持ちを切り替えて、魔道具の修理に取りかかった。
大変古い、暖房の魔道具だ。今から100年ほど前に、大きな発見があった。特別な細工を施したクリスタルであれば魔力を溜められるとわかり、人が触れていなくても長時間使い続けられる魔道具が開発された。その頃に作られたもので、アンティークと呼ばれる。
魔力効率が悪く、お世辞にも使いやすいとはいえないが、魔道具職人でもあるセレンにとっては、ワクワクする修理だった。
ちゃんと使えることを確認すると、今日の仕事は終了となった。
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