第一章
第1話 ルーズハルト
「で、俺に何の用です?」
全身を革鎧で固め、手には宝石のようなものがついた手甲をはめた青年は、極めてやる気がなさそうに返事を返した。
青年騎士と思しき人物は、その青年に対し本陣の作戦本部天幕まで出頭するように要請していた。
しかし帰ってきた態度はあまりにもやる気が無く、覇気が全く感じられなかった。
「今一度申し上げます。これより作戦本部へ出頭願います。」
「いや、だからさ。その理由を聞いてるんだけど?」
暖簾に腕押しとはこのことかもしれない。
青年騎士はそのやる気のない青年に対して、明確に強い怒りが沸き起こっていた。
「残念ながら出頭理由までは私では存じ上げません。しかし、貴殿もこの作戦に参加している騎士ならばその出頭要請に従うのが筋ではありませんか。」
青年騎士は努めて冷静に、己の怒りを押し殺して対応していった。
今にもそのこめかみの血管が切れそうに、青い筋が浮かんでいたとしても。
青年は半ばあきらめたかのように深いため息をつくと、腰かけていた椅子からゆっくりと腰を上げた。
その様子を見た青年騎士はやっとのことで動いてくれたことに安堵した。
もしこれでも行かないとなると、自分の立場が悪くなってしまうからだ。
ふと意識をその青年からそらしてしまい、今一度青年に意識を戻した時だった。
先ほどまで目の前にいた青年の姿が無くなっていたのだ。
驚いた青年騎士は慌ててあたりを見回した。
しかしどこにもその姿が確認できなかったのだ。
「なっ!!どこに行った?!」
怒りと焦りがごちゃまぜになった感情をそのまま言葉に乗せてしまった青年騎士。
先ほどまでの冷静さは一切感じさせなかった。
つんつん
青年騎士の首筋に何かが当たる気配がした。
慌てて振り向くと、そこには自分の首に右手二本の指をあてている青年が立っていた。
そして添えられた指があった場所は自分の頸動脈付近。
「だめだねぇ~。あなたこれで死んでたよ?で?俺に何の用?」
青年は心の底から冷え込むような冷たい瞳で青年騎士の瞳を覗き込んだ。
青年騎士は己の心臓が凍る思いがしていた。
それにつられてか、自身の体温が一気に下がってしまっているのではないかと思うほど、身体が勝手に震えだしていた。
「も、申し訳ありません。第3騎士団第3大隊大隊長フランツ・フォン・ハイネより作戦本部へ出頭していただきたくお願いに上がりました。」
「そう……。わかった。おいイザベル、俺これから作戦本部行くけど一緒に来てくれる?」
青年は誰もいないはずの場所に声をかけた。
するとゆるゆるとテントの壁面がぼやけてきた。
そしてそこに一人の女性の姿が現れた。
背丈は150cmくらいと小柄だが、しなやかかつ女性らしさが際立つ。
背中まで伸ばされた暗めの赤毛が後ろで纏められ、歩みを進めるたびにゆらゆらと動いていた。
「かしこまりましたルーズハルト様。お供いたします。」
「りょーかい。じゃあ、いこっか。お前たちは情報収集を頼む。」
どこからともなく聞こえた「かしこまりました」の声に驚きを隠せない青年騎士。
自分がここに来た時点で青年しかいないことは確認済みだった。
しかし、蓋を開けてみれば数多くの人間がそばにいたのだ。
ここにきて己の実力を過信していたことに気が付いた青年騎士はさらに身体を強張らせていた。
——————
ルーズハルトは青年騎士に伴われ、作戦本部のある天幕へとやってきた。
無駄に豪華に設えられたその天幕は、本当に危機対策をするためのものなのか疑いたくなるようなものだった。
普通であれば必要最低限のものでそろえいつでも行動に移せるように配置するのが通例であった。
しかしここには無駄に豪華なカーペットが敷かれ、無駄に豪華な長机が中央に鎮座していた。
それを囲むようにこれまた無駄に豪華な椅子が何脚も並んでいた。
天幕に一歩踏み入れた瞬間に、ルーズハルトの表情は能面と化していた。
「第5騎士団第1大隊第8中隊第1小隊隊長ルーズハルト、招へいに応じ馳せ参じました。」
ルーズハルトは余所行きの態度で恭しく首を垂れて見せる。
それを見たこの天幕の主であるフランツがにやにやとした表情で、無遠慮に見つめていた。
「よくぞ参った。だがちと時間がかかり過ぎだの?儂が来いと呼んだのだから、直ぐに来るのが当たり前ではないのか?なあ、お前たち。」
周囲を囲っていた騎士たちが、一斉に肯定の意を示す。
ルーズハルトはその態度に、些か怪訝な態度を示した。
そもそも論として、ルーズハルトの部隊は諜報活動を主としており、この作戦に際して第5騎士団より貸し出された形であった。
その為、ルーズハルトに対する指揮権は第3騎士団……大隊長格には移譲されていなかった。
つまり、ルーズハルトはここに来る必要は皆無なのである。
必要なのは情報を集め報告書を作り、作戦の素案を提出することまでであった。
だが今現在不本意ながらも大隊長の呼び出しに応じていた。
「それで、私はなぜ呼び立てられたのでしょうか。出来れば説明を願いたいのですが。」
ルーズハルトは若干呆れ顔で話を促した。
これ以上ここにいるのが苦痛だと感じてしまったからだ。
騎士たちの態度はさらに高圧的へと変わっていった。
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