第17話 任務
彼女はご機嫌だった。
足取りは軽く、楽しそうに話しながら。時には鼻歌を歌いながら。この世の悪を何一つ知らないような笑顔で道を進んで行く。
今日は任務の日。故に彼女は機嫌が良い。
というのも、任務を達成したら仲間が、上司が、褒めてくれるからだ。
たった一人、殺すだけで。褒めてもらえる。
死が当たり前の世界で育った彼女には、これから行うことに何一つの気負いもない。
午後七時。
彼女が進むのは、全く人気のない裏路地。街灯は数十メートル起きに壊れ掛かけたものがあるのみ。そこを、彼女は部下と共に進む。裏路地を右に左に進んでいくと、とあるビルの裏口に着いた。
中はシンと静まり返っている。だが、微かに聞こえる息遣いと人の気配。
弾けんばかりの笑顔を浮かべる彼女と部下は同時にそのビルに飛び込んだ。
ビル内は半壊している。
建物のあらゆるところには穴が開き、電球は天井に二つしか残っていない。その電球も切れかかっていて、カチ、カチ、と点滅している。
まるで銃撃戦があったかのようだ。実際あったのだが。
その中で机に座る男が1人。その男はとある上司を待っていた。
それから起こることを知らないのか呑気に煙草を吸っている。そして2本目へと手を伸ばした時、目の前の扉が大きな音を立てて開いた。
◇◇◇
今朝、樋口からメールが来た。相談したいことがあるから任務後、帰らずにそのまま待っていてほしいとのことだ。
そして今約束の時間から15分が過ぎようとしている。
遅刻だ。自分が呼び出しといて遅刻とか、いくら同期でも扱いが酷すぎねぇか?
立場はあいつの方が上だから口が裂けても言えねぇが。
と、扉が開き目の前に影が見えた。
「やっと来た。呼び出して、どうしたんだ樋口」
そして顔を上げると樋口ではなく、九歳ぐらいの少女がいた。
ちょうど電球が割れている箇所で彼女の顔は見えないが、おそらく服からしてどこかの令嬢だろう。
だが……、どこかで見た気が……
まぁいいか。
「恨むなら、見ちまった自分を恨むんだな」
そう俺が彼女に拳銃を向けると、拳銃が何かに弾き飛ばされた。
これは……銃弾…! 一体誰が…
「ひ、樋口…? なんでお前がこんな餓鬼を守って……」
「私も正直驚きです。まさか貴女がこんなにも愚かだったとは」
「愚か?」
「この方は首領の秘書ですよ」
「ひ、秘書…? し、失礼いたしました!」
俺は悲鳴をあげそうになるほど体を折った。首領の秘書。
それは首領の次に上位の人間。今すぐ異能で切り刻まれてもおかしくない。
だが、彼女はそういうことを気にしないタイプのようで顔を上げてと言われた。
俺は運が良い。本当によかっー、
「太宰さんの命令でね、キミを殺すよう命じられたんだ」
「は…?」
意味が分からず固まる俺をよそにその少女は楽しそうに笑いながら話す。
あり得ない。ずっと俺は組織のために働いてきたんだ。この前も森鴎外を見つけ組織に利となる行動をした。現首領が首領の座にに着任したのは先代ボスが死んだからだ。だから本当は先代ボスが生きていましたー。なんてそんなことはあってはならない。それが知られれば、消えつつある森派がまた復活し、裏切りが大量発生する可能性があるからだ。だから、俺の行動は間違っていない。だったら何故だ?失敗したから?任務でもないのに勝手に手を出したから?しかし、ポートマフィアは組織に害がない限り動かない。それにそもそも殺害には失敗するのが普通なのだ。一介の構成員が先代首領に勝てるわけがないのだから。だから森鴎外を見つけただけで昇進は無理でも給料アップ程度の褒美があってもおかしくない。だがしかし、もう一つ考えられるとすれば…
森鴎外を生かしたのが首領だと言う可能性。
だとすれば森鴎外を殺そうとした俺に処刑命令が出てもおかしくはないし、森鴎外が生きていた理由も筋が通る。
……まさか、、そんな理不尽なことがあっていいのか!!
「あ、気づいたの?じゃあ、バイバーイ!」
少女は心からの笑顔で手を振ってくる。普段ならイラッとするところだが、今はそんな余裕はない。それよりも恐怖と後悔の感情が強かった。
っ……!俺は殺されるのか?こんなガキに? ふざけるな!! こんなとこで……
「こんなとこで…、死ねるかってんだ!」
俺は拳銃を天井に向け、二つ残っている電球目掛けて乱射した。それに気づいたのか樋口が俺に向けて発砲してくるが、もう遅い。
俺の弾が一足先に電球を打ち抜いた。辺りは暗闇に包まれる。
「樋口、異能!」
「出てきてください!」
っっ!異能攻撃!!
どこだ?どこからくる!?
その時、少女の嘲笑うような声が聞こえた。
「バーカ、気配がバレバレ
私たち人間からは逃げられてもね、異能からは逃げられないの」
直後、空気を切るような音がして、腕に激痛が走った
「あぁぁああああああっ!」
なんでっ……なんでなんでなんでなんで……っ
どこで俺は間違えたんだっ……
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
俺は薄れゆく意識の中で
「なぜ直ぐに殺さなかったのですか?」
という樋口の声と、
「だって、なにも知らずに死ぬのって可哀想だし、何故自分が殺されるのか理解して後悔に顔を歪める姿って面白いでしょ?」
という少女の、声と内容が合わない言葉を最後に俺は意識を手放した。
………その一年後……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます