第3話 依頼
僕たちが数々の事件で溜まりに溜まった報告書を片付けていると、急に国木田さんの顔が険しくなった。
「国木田さん?どうかしましたか?」
僕がそう聞くと国木田さんは苛々とした様子で頭を掻きながら答えた。
「依頼だ。クソっ、俺の手帳に
悪いが敦、太宰、行ってくれ」
「え?でも……」
報告書がまだ半分以上残ってるのに……
「報告書は俺がやるし、賢治が帰ってきたら手伝ってもらう」
「それなら分かり「私は嫌だよ。さっきも言っただろう?私は今から入水する時間なのだよ」
「………。」
「だ、太宰さん!」
僕はいつ国木田さんがキレるかとビクビクしていたけど、国木田さんは太宰さんの言葉を無視して、僕に近づいてきた。
「敦、事件現場は中区にある家だ。住所などの詳細は後で送る。そこで民間人が異能力者に殺されたらしい」
「…敵、ですか?」
「いや、容疑者は十歳の少女で被害者はその父親だ。彼女の異能力で近づけないらしく社員を何名か貸してほしいそうだ。おい、太宰! お前も行くんだぞ!」
「えーー」
「相手は異能力者なんだ。お前の異能無効化でさっさと解決して戻ってこい!
戻ってきたら報告書、書いてもらうからな!」
「はぁ…、行こう敦くん」
「え?あ、はい」
国木田さんのくれぐれも早く帰ってこいよ。太宰を見失うなよという視線を背に受けながら、ズンズンと進んでいく太宰さんのあとを追いかけた。
僕たちが送られてきた住所に着くとパトカーが家を囲っていて、すぐに家の中に案内された。中ではたくさんの物がぐるぐると渦巻いたり、飛んでいた。部屋の中心にいる少女を守るように囲う風に巻き込まれた物が飛んでいるようだ。これは太宰さんに任せたほうが得策だろうと目をやると、太宰さんはすでに部屋の中心へ足を運んでいた。そしてその部屋を渦巻く風に触れると太宰さんを避けるように風に穴が開き、入ると同時に風が閉じた。てっきり触れた瞬間に渦巻いてる風が全て消えると思っていたので驚いて駆け寄ろうとしたが、大丈夫というように手を振るのが風の隙間から見えたので大人しく立ち止まる。そしてしばらくして風が消え去ると同時に太宰さんと眠った少女を抱えた女の人が出てきた。僕が彼女をどうするつもりなのか聞くより先に、太宰さんに与謝野先生に電話をかけてくれないかいと言われたので、歩きながら電話をかけ、スピーカにする。どうやら探偵社で身を預かるようだ。太宰さんが症状を手短に伝え、与謝野先生が必要なものを言う。買い物係はもちろん僕だ。流石にこの状況で寄り道はしないだろうと安心して太宰さんと別れ、手早く買い物を済ませ探偵社に戻る。医務室へ行くと既に彼女は目覚めていた。
◇◇◇
色々な事に片が付き、のんびりとしながら鉈を研いでいると敦から電話がかかってきた。さっき急な任務だと出かけていったから任務先で怪我人でも出たのだろうか。妾は意気揚々としながら電話に出る。だが、返ってきたのは太宰の声だった。太宰曰く、怪我をしてる子供を拾ったから治療の準備と必要なものを教えてくれッてことらしい。取り敢えず子供の症状を聞き栄養失調と推察。その子供に食べさせるお粥の材料やフルーツ、服などの買い物を敦に頼み、妾は点滴の準備をした。準備をし終わった直後、医務室のドアが開かれる。
太宰が連れてきた子供は十歳にしてはとても小さかった。これは発育不良もあると脳内の食べさせる予定だったご飯のレシピを書き換える。
そして心拍数を測ろうと服を捲った時、はっとした。太宰からは電話で聞かされていた。だが、聞くのと実際見るのとでは雲泥の差だ。
薄い腹の下には殴られたようなアザ、そして足首には拘束の跡。誰の目にもそれが虐待だと分かるほどくっきりとその痕はついていた。
不快感を隠すようにいつもより早いスピードで尚且つ丁寧に点滴を打つ。その間、太宰に詳しく彼女の情報を聞き、点滴の最後の一滴が落ちるのを確認すると血が逆流しないよう手早く片付ける。そして隣のベットでゴロゴロしている太宰を睨んだ。
「あんた、いつまで此処にいるつもりだい。この機に乗じて仕事をサボろって魂胆だろ。さっさと仕事に戻んな。そろそろ国木田がキレるよ」
「与謝野女医、私はそこまで非情ではありませんよ」
そして傷ついたように嘆く太宰を呆れたような眼差しで見る。その時、微かな息に唸るような声が混ざった。と同時に衣ずれの音がして顔を覗き込む。眉毛が少し上がり、上下の瞼がゆっくりと離される。そしてその眼が妾の姿を捉えると体を硬直させ飛び起きた。しかし、太宰の姿を見ると数回瞬きをして顔を綻ばせ、安心したように力を抜く。
「水は飲めるかい?」
妾がそう聞くと首を小さく縦に振ったのでペットボトルの水を取り、キャップを外してから彼女に渡した。よほど喉が渇いていたのだろう。
彼女は妾から水を受け取るとごくごくと一気に4分の1ほど水を飲んだ。あまり飲み過ぎると逆に体に悪いが、取り敢えず今は好きなだけ飲ませたほうがいいだろう。そして結局全体の3分の2程水を飲んだ彼女に布団の中に戻るよう言って体温計を取り出す。嫌がるかと思ったが、彼女は少し体を硬らせただけで大人しくしていた。自分を虐待したやつとは違うと分かっているのだろうか。妾がそう感心していると彼女の腹が鳴った。遅れて体温計も鳴る。ナイスタイミングだ。思わず笑っちまった。そういえばもう昼時だ。お腹も空いて当然だろうと恥ずかしそうに頬を染め、そっぽ向く彼女の頭を撫でてやる。するともっと拗ねてしまった。その様子にまた笑いを堪えているとちょうど敦が帰ってきた。敦は全部ありましたよと買い物袋を妾に渡すと彼女に自己紹介をし、よろしく!と手を差し出していた。彼女の名は雨窓美玲というらしい。美玲は吃驚しながらその手と敦の顔を見て首を傾げている。その様子に妾は苦笑しながら、それは握手という挨拶の一環で手を握り返すんだと教えてやった。それを聞いた美玲は顔を輝かせて、こちらこそよろしくお願いします!と手を握り返した。美玲も表情が戻ってきたようだ。さっきより表情筋が柔らかくなっている。それを横目に見ながら医務室を出て行き、粥を作る。胃に優しい、味薄めの粥だ。あと適当に桃を切って皿に入れる。そして医務室に戻りお盆を美玲の膝に置くと美玲は目を輝かせながら口に運んだ。よほどお腹が空いていたらしい。半分ぐらい残すかと思っていたが全部完食した。と言っても茶碗一杯だが。虐待されている間、誰かがご飯だけは与えていたのだろうか。そんなことを考えていると美玲の頭が船を漕ぎ始めた。お盆を机に置き、カーテンを閉めるとすぐに寝息が聞こえる。二人は美玲が寝たのを見届けると、医務室を出ていった。外の音からじゃあ私は入水してこよっと、と言って出て行こうとした太宰を国木田が椅子に縛り付けていることが分かる。
「平和だねェ……」
◇◇◇
「非番だったのに悪いねェ」
「大丈夫。私も興味があった」
「わぁ~ちっちゃい!!よく眠ってます! お腹いっぱいだからでしょうか?」
与謝野先生と女の子、男の子の声で目覚めると金髪の男の子が私の顔を覗き込んでいた。彼はわたしを見ると目を輝かせ誰かの名前を叫びながら扉の向こうに走っていく。わたしが呆然とその姿を見ていると急に頭を撫でられたような感覚がした。横を見ると与謝野さんと和装の少女がいて、心配そうに大丈夫?と聞かれる。大丈夫と答えようとしたところ、バンッと勢いよくドアが開いた。そこにはさっきの金髪の少年と怖い顔をしたメガネのお兄さん、優しそうな女の人、太宰さんが立っていた。少しの間わたしを探偵社で預かるということで自己紹介及び事情聴取に来たらしい。
まず、お医者さんの名は与謝野先生。これは敦さんが呼んでいたから知ってる。そして金髪の少年は賢治さん、和服の少女は鏡花ちゃん、メガネのお兄さんは国木田さん、優しそうな女の人は春野さん、その他にも今は探偵社にいないけど谷崎さんとナオミさん、福沢さんに乱歩さんがいるらしい。一通りの自己紹介を終えて、今度は事情聴取の話になった。だけどそこで私が答えられるものはほとんどなかった。何故ならわたしには6歳からの記憶がないからだ。6歳の誕生日のあの日、いつもと違うことがたくさんあったと思う。まず、毎年盛大にパーティーの準備をする父の姿がなかった。いつも仕事で疲れていることは幼いながら理解していた。だから心配はすれども不思議ではなかった。何より不思議だったのは乳母の梅さんに泣きながら抱きしめられたこと。でもその理由はすぐに分かった。それは正午の少し前のこと、やっとお父さんが起きてきた。目が赤く腫れ、寝れていないのか隈も見えたので大丈夫?と手を伸ばすとその手を叩かれたのだ。何をしても怒ったことのない父に叩かれたことでわたしは大泣きし、それにまた父が怒鳴り、もっとギャン泣きするという悪循環が繰り返され、父の「屋根裏に繋いでおけ」という言葉を最後にわたしの意識は途絶えた。そして次に目覚めた時には足首は犬用のリードで繋がれており、側には泣き腫らした目で心配そうに見てくる梅さんの姿があった。そして父が虐待を始めて1週間も経たないうちにわたしは限界を迎え…ずっと真っ暗闇にいた。しかし、数年なのか数日なのか1日なのか分からないが経ったある日、突如暗闇に一筋の光が現れた。そしてその光の中から誰かがわたしを外へ引っ張り出した。その人は笑いながら「君を傷つけた人達、もういないよ」と言い、わたしと入れ替わりに暗闇に沈んだ。そして目にしたのは倒れたままピクリとも動かない乳母と血溜まりに倒れた父、そして父が昔くれたぬいぐるみにそっくりな2人の女の人だった。正直そのあとのことはあまり覚えていない。ただ悲しくて、怖くて、意味がわからなくて、、。太宰さんと出会わなきゃ壊れていたかも知れない。
「わたしが覚えているのはそれで全部。だからなんでお父さんが死んじゃったのか、誰が殺したのか知らないの」
それを聞いたみんなはとても悲しむような怒っているような微妙な顔をし、鏡花ちゃんは大丈夫と言いながら抱きしめてくれた。
ただ太宰さんだけは全て知っていたので表情を変えなかった。
「つまりは記憶喪失ッてことかい?」
重い空気を打ち払うように与謝野先生が聞き、それに太宰さんが答える。
「いや、彼女は解離性同一性障害だよ」
「解離……それはなんですか?」
「ああ、二重人格のことさ」
「二重人格!?そんなものが…」
敦くんが驚いたようにわたしを見る。
「裏人格を呼び出すトリガーは髪留めだ。それは君のお母さんの遺品なのだろう?」
「う、うん」
そう、わたしはあの日タンスにしまってあったこの髪留めを見つけ、使った。それを見た瞬間からかもしれない。
お父さんがわたしに冷たくなったのは。
「そして彼女は強力な異能力を持っている」
「強力?風を操る異能力ですよね?」
「彼女の異能生命体から聞いた話によると彼女の異能力名は双子。ぬいぐるみに命を宿す能力だ。この能力の恐ろしいところは全て設定できる所、つまり彼女は異能を作ることができるのだよ」
「なんだッて!?」
「異能を作る…っ!?」
「あり得ない…」
みんなが驚愕した顔で私の方を見てくる。
国木田さんに至ってはメガネが割れ、泡を吹いて気絶している。
「ただし、もちろん制限はある。命を宿すことができるのは2体まで、そしてぬいぐるみが攻撃を受けると痛みが2倍となって彼女に返ってくる。何より寿命が平均の3分の1もないのだよ」
「そんな…」
わたしのもう一つの異能のデメリット、死ぬと存在ごとこの世界から消えるというのをみんなに伝えなかったのは太宰さんなりの優しさだろう。
「そんな強力な異能力、ポートマフィアにでも見つかったりしたら……」
「…そうだね。だけど、だからこそ私は彼女に入社試験を受けてもらおうと思う」
「入社試験!?」
「で、でも今社長もいないですし…」
「ああ。入社試験の件は社長と要相談だ。だが、彼女にはその前にやらなければならないことがあるだろう?」
「やらなければならないこと?」
「人を助ける心を示さないと入社試験に合格できない。美玲の裏人格が善人である可能性は低いから」
そう言って敦さんを見つめる鏡花ちゃんの眼が不思議と輝いて見えた。
◇◇◇
その日の夕方。遊び疲れたのだろうか、不思議な夢を見た。
真っ白な花が辺り一面に広がっていて、その中央に白い小さな空間がぽっかりと開いていた。その空間には白い机と椅子、ティーセットがあり、
そして二つある椅子の片方にはわたしとよく似た女の子が座っていた。
「ねぇ、キミもおいでよ」
「だれ?」
知り合いっぽいけど、こんな子知らない…どこかで会ったかな……?
「…ミア。私はもう一人のキミだ。まぁいわゆる裏人格ってやつ」
「裏人格って太宰さんが言ってた…。それってどういう意味?」
「答えるより、見てもらったほうが早いかな」
そういうと女の子は私に向けて手を伸ばして呟いた。
「さぁ、早く思い出しなよ、私が生まれた理由を。 キミの過去を」
辺りが白い光に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます