第6話

 闇金の返済。車のローン。

 ——高い利息を払うのは馬鹿馬鹿しい。なくなってほっとした。

 結納式の費用。結婚式場への支払い。その他、結婚準備費用に美希とのデート代。

 ——全て必要な金だ。ケチる訳にはいかない。

 親父とおふくろが泊まるホテル代。結納式用に買ったスーツと着物。少し贅沢な観光にたくさんの土産。

 ——親父達は遠慮していたけど、今まで心配ばかりかけていたんだ。少し位の親孝行は必要だろう。

 結納式用に新調した高級スーツ。

 ——一張羅と思えば高くはない。これからだって、必要な時はきっとくる。

 オメガの時計。

 ——ずっと欲しかったんだ。高級時計の1つくらい、男なら持っていて当たり前だ。

 この数ヶ月は結婚ラッシュだった。俺の時も来てもらうから、祝儀をケチるようなマネは出来ない。

 その全てを、あの少年に借りた金で払った。

 ——そういや、今、いくら借りているんだ?




「智也、どう、したのさ? 急に黙り込んで」

「あ、いや、ごめん……」

 絞り出すように出した俺の声は、自分でも分かるくらい掠れていた。

「明日は、どうしても外せない用事があるんだ。落ち着いたら、線香あげに行くから……」

「そうかい、分かった。忙しいのにごめんな。あんたも、気を付けなさいよ」

 俺の掠れ声を、幼なじみの突然の訃報に落ち込んだせいだと思ったおふくろは、俺を気遣う言葉を残して電話を切った。だけど、俺の声が掠れた原因は、もっと別にある。

 記憶の欠落で、困った事は無い。子供の頃を覚えていないなんて普通のことだ。だけど、これからは?

 ——祝儀で金を返せるまで、後何ヶ月ある? それまでに失う記憶は? 何より、祝儀だけで、借金を返せるのか?

 背筋を冷たい汗が流れる。




 翌日。幼なじみの葬儀に出席すると美希に嘘をつき、久しぶりにこの地を訪れた。

 大神競馬場。

 大学時代、友人に誘われて初めて来たのがここ。

 軽い気持ちで馬券を買った。その内の1つが大当たり。長い就職活動で溜まっていたストレスが、一瞬で消え去った。もともと小額しかかけていなかったため、当てた金は飲み代にすぐ消えた。だけど、当たった時の高揚感が忘れられず、就職活動のストレスも相まって、ずぶずぶとのめり込んで行った。

 仕送りや生活費にまで手を出し、とうとうキャッシングで借りようとした時「借金の履歴が残るから、銀行勤めならやめといた方がいい」と競馬仲間に言われ、紹介されたのがあの闇金。借金をしてからは競馬から一切手を引き、生活を切り詰めバイトを増やして必死で返して来た。それは、就職してからも同じだ。

 状況が変わったのは、美希と付き合うようになってから。少しずつ減らしてきた借金を返すどころか、新たな借り入れまでしてしまった。

 ここ最近の現金での支払いは、少年に借りた金で済ませていたから、口座の預金は十分に残っている。馬券を買う金に困りはしない。

 学生時代は万馬券ばかりを狙ったから、負けが込んだんだ。堅実にかけていけば、そうそう負けることはないはずだ。

 久しぶりの大神競馬場。周囲の人々の高揚感が電波し、俺の気持ちも高揚する。

「第一レースは、どの馬が狙い目だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る