第5話

「この前は、ありがとね」

「こっちこそ、何回も来てもらって悪かったね」

 先週、会ったばかりのおふくろから電話がかかってきたのは、ちょうど家に帰り着いた時だった。何の用かと思ったら、礼を言いたかっただけらしい。




 初めて美希を紹介したのが半年前。田舎からほとんど出たことのない親父とおふくろに、美希と一緒に観光案内をしてやった。かわいく気立てもいい美希を両親はすごく気に入ってくれた。

 そして先週、略式ながら結納式を行った。美希の実家が金持ちだったことにすごく驚いて、少し萎縮していたけれど、美希の両親は美希同様気さくな良い人で、すぐに打ち解けられた。

 結納式の翌日。また美希と一緒に、前とは違う観光地に連れて行ってやった。実家ではいつも偉そうにしていた親父が、俺達にぺこぺこ頭を下げて何度も礼を言う姿は、今思い出しても気分が良い。




「美希ちゃんにも、あちらさんのご両親にも、くれぐれもよろしく言っといてね」

「分かってるって。それじゃあ……」

「そんでさぁ、父ちゃんが気にしてるんだけど……」

 特に用事もないようなのでそろそろ切り上げようとしたら、それを察したのか察していないのか、おふくろは話題を変えて話を続ける。

「何?」

「そっちに行く度に良いホテル取ってもらってるだろ? 毎回、たくさんのお土産も持たせてもらってさぁ……」

「金の心配してんの? それなら、心配いらないって」

「そうかい? でもね、これからいくらでもいるってのに、ちょっと使い過ぎじゃないかい? ホテルも、あんな良いとこじゃなくてもさぁ……」

 金なんか、あの少年がいくらでも貸してくれる。でもまあ、最近ちょっと借り過ぎかなと思ってたから、おふくろの申し出は正直ありがたかった。

「せめてもの親孝行と思ったけど……」

「もう充分親孝行してもらったからね。無理しないでおくれ」

 無理してないと言っているのに、年寄りは他人の話をまともに聞かない。

「はいはい。じゃあ、次からはもう少し安いホテルにするよ。それじゃあ……」

「それとね……」

 いい加減うんざりしているのを気付かないおふくろは、また、別の話を始めた。

「結婚式の準備に忙しいし、縁起が悪いから黙っとけって父ちゃんには言われたんだけどね……」

「何?」

 仕方なく聞いてやると、おふくろは意外な名前を口にした。

「村田さんとこの亮平くん。覚えてるだろ?」

「そりゃ、もちろん。幼なじみだし」

 家が近くで、小中と一緒だった村田亮平。亮平は野球少年、俺はサッカー少年と趣味が合わなかったし、高校は違うところに進学したから、幼なじみと言えど、一緒に遊んだ記憶はない。

「その亮平くんがね、亡くなったんよ」

「いつ?」

「昨晩。事故で入院したって聞いてはいたんだけど、容態が急変したらしくて。今晩お通夜で、明日葬儀なんよ」

「それは、ご愁傷様。悪いけど、俺、結婚式の準備で忙しいから……」

 大して仲良くもない旧友の葬式より、婚約者との約束の方が大切だ。香典をケチる気はないが、わざわざ時間を作って帰る気はない。

「でもね、あんたらすごく仲良かったでしょ?」

「えっ?」

「あんたが野球チームやめてサッカー始めるまで、毎日一緒に遊んでたやないの」

 ——俺が? 野球をやっていた?

「父ちゃんは、わざわざ帰ってこんでもいいって言いよるんやけど……」

「おふくろ……」

「なに?」

「俺、いつ野球チームやめた?」

「やめた言っても、あんた、入ってすぐやめたやないの」

「だから、それはいつの話だよ」

「小学校2、3年の時ちゃうかな? 『野球のボールは小さ過ぎて当たらない!』 言うて、ごねて……」

 ——なんだそれ……そんなこと、覚えてない……

「亮平くんは、最初から上手やったからね。亮平くんのことライバル視してたから、余計に嫌やったんでしょ?」

 おふくろが語る俺の知らない思い出話しを聞きながら、俺は違うことを考えていた。

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