第4話

 ピピピピ……

 音の鳴る方に手を伸ばし、目の前に持ってくる。手にしたのは札束ではなく、見慣れたスマホ。

「くそっ、夢か……」

 思わず毒付く言葉が漏れる。

 無利子で金を貸してくれるなんて、そんな都合の良い話があるわけがない。

 起きたくはないが、仕事を休む訳にはいかない。重たい体を起こすと、ベッドボードに置かれたそれが目に入った。

「夢じゃなかった……」

 それを手に取り、パラパラとめくって中を確かめる。

 間違いない。夢の中で手にした100万円の札束だ。




「おや? 随分と多いですね」

「来月分、先に返しとく」

 俺の渡した金を確認すると、男は顔にいやらしい笑いを貼り付けて俺を見た。

「この金、どうやって作ったんですか?」

「そんなこと関係ないだろ」

「そうですね。こちらとしましては、返していただければ金をどうやって工面したかなんて、カンケーありませんしねぇ」

 男はにやにやと意味ありげな笑みを浮かべて俺を見る。怒りでカッと顔が赤くなるのが自分でも分かった。

 ——この男は、俺が顧客の金に手を出したと思っているんだ!

 俺は無言で立ち上がると、何も言わずに部屋を出る。その背中に「来月もお待ちしておりますよー」と、男の楽しげな声がかかった。




「いらっしゃいませ。何をご所望ですか?」

 真っ白な空間に浮かぶ艶のある黒髪が揺れ、2つの黒い目が俺を見た。数日前、金を貸してくれた少年だと認識すると、自然と口の端が持ち上がる。

「金を貸してくれ」

「まだご入用ですか?」

「全然足りない! 後、よん……いや、500万貸してくれ!」

「構いませんが。レンタル料は、1日に6日分の記憶をいただくことになりますが?」

「構わない」

 ——仮に1年間借り続けたとして、6歳までの記憶がなくなるだけ。そもそも思い出せない記憶なんか、元からないのと同じだ。

「では、こちらを」

 少年は、いつの間にか手にしていた100万円の束5つを、俺に差し出した。




 翌日。少年に借りた金を持ち、男の事務所へ赴いた。連日の訪問に間抜け面をさらす男の前に、100万円の札束を5つ置いてやると、男は目を皿のようにして、俺と札束とを交互に見比べて言った。

「遠藤さん。あんた……」

「おかしな金じゃねえ。もちろん、横領した金でもねえ。さっさと借用書を出しやがれ」

 男は念入りに金を調べおかしなところがないと分かると、借用書を俺に渡した。

「またご入用がありましたら、いつでもいらしてくださいね」

 卑屈に媚びた醜い笑い顔をひと睨みすると「もう二度と来ない」と言い残し、部屋を出た。

 ——もうこんな男に金を借りる必要はない。また必要な時は、あの少年に借りればいいんだから。

 軽い足取りで家に帰る途中、俺は実家に電話をかけた。

「あ、おふくろ? 今度の連休にでも、親父と一緒にこっちに来ない? 何なら1週間くらい泊まって、ゆっくり観光して行ってよ。うん、大丈夫。俺ん家じゃ狭いから、ホテル取るよ。大丈夫、大丈夫。それくらいのこと、させてよ。それでさ、会って欲しい人がいるんだ……」

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