第3話
「ようこそ。なんでもレンタルショップへ」
見知らぬ少年が、俺を見上げて言った。
壁も天井も真っ白い何もない部屋の中で、俺と少年だけが立っていた。
「何をご所望ですか? 何でもお貸ししますよ」
抜けるような白い肌に白い服。黒髪ショートボブの髪を揺らし、吊り目がちの大きな目が真っ直ぐに俺を見る。少年の年齢は小学校高学年くらいに思えるのに、妙に落ち着いた雰囲気が年齢不詳にも思わせた。
「ここは、なんでもレンタルショップです。何でもお貸しいたします」
「なんでも……レンタル?」
「はい、なんでも。何がご入用ですか?」
少年が、抑揚のない声で聞く。少年の黒い髪と目だけが白い空間に浮いているように見えて、一瞬、背筋が寒くなった。
「悪いけど、借りたいものなんてねぇよ」
こんな子供に一瞬とはいえびびってしまった苛立ちから、俺は少しきつい口調で言い返す。
「そんな筈はありません。何かが必要だからここにいらしたんです」
「何かってなぁ……」
俺は頭を掻きながら、投げやりに答える。
「俺に必要なのは、金だけだよ」
「かね?」
「そうだ。金だけだ」
周囲を見回しながら言い放つ。壁もドアも分からない白い部屋。さっさと会話を終わらせてこの異様な部屋から出ることだけを考えていると、少年が再び口を開いた。
「日本銀行券ですか?」
「は?」
「それとも他の国の紙幣?」
「お前何言ってんだ……」
少年に視線を戻すと、何かを差し出された。
「これですか?」
「えっ、いや、何で……」
震える手でそれを受け取る。日本銀行券、1万円札の束。帯でまとめられたその中をめくって中も見る。ちゃんと透かしも入っている。
「これ……まさか偽札じゃ……」
「偽札がご所望ですか?」
「いや、違う!」
偽札が必要だと言おうものなら偽札の束が出てきそうで、俺は慌てて否定した。
「では、それをお貸しします。商品の性質上、返却は同一金額をお返しくだされば結構です」
俺は少年の説明に首を傾げるが、少年はさらに不可解なことを言った。
「レンタル料は1日1日です」
「いちにち……なんだそれは? 利息か?」
——利息にしては言い方がおかしい。言い間違いか?
今でも暴利な貸し付けに苦しまされているのに、さらに高金利で貸し付けられたら堪らない。手にした金を返そうとした時、少年が言った。
「いいえ、利息はありません。100万円のレンタル料として、1日毎に1日分の記憶をいただきます」
「記憶?」
「はい。あなたがこの世に生まれてからの記憶です。母体にいる時は含まれません」
「…………」
説明の意味が分からず黙ってしまった俺に構わず、少年は続ける。
「記憶と言っても、あなた個人に関わるエピソード記憶だけです。レンタル料では、全ての記憶をいただくことはいたしません」
「1日毎に1日分の古い記憶がなくなる? 生まれた日からの?」
「はい」
「赤ん坊の時のことなんか覚えてる訳ねーだろ」
「覚えていますよ。記憶の奥底にあるため、引き出すことが出来ないだけです。そして、支払われた記憶は決して戻ることはありません。それでもよろしいですか?」
——思い出せない赤ん坊の頃の記憶なんて、もともと無いのと同じだ。つまり、無利子で金を借りられるということか。
俺は湧き上がる笑い声を必死で抑え、返事をする。
「分かった。それでいいから金を貸してくれ」
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