第7話
◇◇◇◇◇
その連絡は、突然だった。夜遅く、10時頃だったと思う。最初は誰だか分からなかった。
「お義母さん! 智也さんが! 智也さんが……」
電話口で話す美希ちゃんはひどく混乱していて、何を言っているのか理解できなかった。しばらくすると、声は落ち着いた男性のものに変わった。美希ちゃんのお父さんだった。美希ちゃんのお父さんは、暗く沈んだ声でこう言った。
「智也くんですが……今夜はうちで預かって、明朝、病院に連れて行きます。明日出来るだけ早くこちらにいらしてください。出来ましたら、ご両親ご一緒に」
「あの……あの、智也に……何かあったんですか?」
最後に智也と話しをしたのは、金曜の夜。その時、智也に変わった様子はなかった。
——まさか事故?
最悪の事態が頭をよぎる。でも、病院には明日連れて行くと言っていた。
——智也に何があったの?
「詳しいことは分かりません。職場にしばらく休むとの連絡があり、娘にもメッセージが送られてきたらしいのですが、昨日から全く連絡が取れなくなったので、仕事帰りに智也くんの部屋を訪ねたところ……」
「智也は? 智也は無事なんですか?」
「体はなんともなさそうですが……」
「体は……?」
「智也くんは記憶を失っているようです。私たちのことだけでなく、自分のことも分からなくなっており、ただベッドに座って呆然としていました」
聞いた時は、とても信じられなかった。美希ちゃんのお父さんとの話を終えると、すぐに智也の携帯に電話をかけた。「電源が入っていないため……」何度かけても、同じ音声メッセージしか聞けなかった。
翌朝、父ちゃんと一緒に、東京に向かった。
東京駅には、美希ちゃんが迎えに来てくれた。美希ちゃんに連れられて向かったのは、とても大きな病院だった。
検査の合間に会った智也は、血色も良く、元気そうに見えた。だけど、私達を見て困ったような顔をしていたことから、美希ちゃんのお父さんが言ったことが本当だと知った。
それから智也は、より詳しく検査するために入院することとなった。そこで分かったことは、私達をさらなる絶望に突き落とした。
翌朝。病院で目覚めた智也は、再び自分の名前を忘れていた。しかも、なぜ自分が病院にいるのかも理解していないようすだった。
智也の記憶は、なんらかの障害で1日しかもたないことを知った。
病院に駆けつける度、智也に自己紹介から始める毎日。ひどい喪失感と絶望感に打ちひしがれる私達に、医者はさらなる絶望を突きつけた。
「智也さんは、若年性アルツハイマーの可能性があります」
自分に関する記憶が消えている。前日の出来事も全て忘れている。それに加え、前日まで行えていたゲームのルールを忘れ、テレビ中継されていた将棋を不思議そうに見つめ、野球やサッカーのルールまで忘れていたことから、別の記憶障害の可能性も出てきたという。
「もっと調べてみないと詳しいことは分かりませんが……こんな症例は初めてです。記憶障害を起こした人は、通常、感情面の不安定さが見られます。ですが、智也さんはとても穏やかです。小さな子供が何にでも興味を持つような純粋さでいろいろなことに興味を持ち、吸収しようとしています。実際、覚えるのも早いです」
「だけど、せっかく覚えたことも、翌朝には忘れているんですよね?」
「ええ、まあ……」
夫の質問に、医者は口ごもった。
——1日しか記憶が持たないだけでも大変なのに、さらに別の記憶障害を併発していたなんて……
翌日から、私は智也の元に通うのを止めた。
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