第5話
「それか? 鈴木の新しいカメラは」
五月晴れの日曜日。真っ青な空に浮かぶ一掴みの雲の形が動物みたいだなと思いながらシャッターを切っていると、部長に声をかけられた。
「あ、はい。借り物ですけど……」
仕方がなく、カメラから目を離して部長を見る。部長の後ろには、ストレッチで体をほぐしているたくさんの陸上選手達の姿。
今日の陸上部の予選会の撮影に来たのは、俺と2人しかいない3年の部長と副部長。それに
「すごーい! ちっさーい! それも一眼レフなんだよね?」
中野明梨。中野は、首から下げた学校の年代物の無骨なカメラを持ったまま、俺が持つカメラを見て言った。
「ねえねえ? 何撮ってたの?」
「えっと……あそこの雲……」
早い時期に行われる陸上部の予選会の撮影は、これから受験勉強で忙しくなる3年生が担当するのが通例で、1、2年で同行するのは、よっぽどやる気のある奴だけ。俺はともかく、中野まで来ると言った時は、本当に驚いた。そして、他に話す相手がいないせいか、やたら俺に話しかけてくるのにも、正直驚いている。
「それ、一番新しいモデルだろ? いいな、軽そうで」
そう言って部長は、首から下げている望遠レンズ付きの重厚なカメラを持って見せた。型は古いけど、かなり使い込まれている感じがする。部長があのカメラで撮った写真は、迫力があって一番良いと評判だ。やはり良い写真は、良いカメラでないと撮れないと確信する。
「今日は俺も頑張ります!」
俺のカメラには、標準レンズしか付いてない。だけど場所取りを頑張れば、部長にも負けない写真が撮れるはずだ。
俺は謎の少年から借りたカメラを撫でながら、そう考えた。
「ちょっと借りていいか?」
「あ、はい……」
借り物とは言え大事なカメラを他人に渡すことに、ちょっとだけ躊躇した。だけど部長に逆らえる訳もなく、部長にカメラを渡す。部長は俺のカメラを慎重に扱いながら、じっくりと眺めている。
「なあ、1枚撮ってみてもいいか?」
部長は返事も聞かずに、カメラを俺に向けた。
「えっ! ちょっと、近いっすよ……」
標準レンズでも近過ぎる。手を前で振りながら後退っていると、部長は「あれ?」と呟いてファインダーから目を離した。
「どうしたんすか?」
部長は不思議そうな顔で俺を見た。
「いや……シャッターが下りないんだけど……」
「えっ? 撮れないんですか?」
横で見ていた中野が聞く。
「ああ、シャッターが下りない。おかしな所は無さそうなんだけどなぁ……」
そんなはずはない。さっきまで俺は空の写真を撮っていたんだから。
——もしかして……
「あの、ちょっと貸してもらっていいっすか?」
返してもらったカメラを部長に向け、そのままシャッターボタンを押した。
『カシャッ』
液晶モニターに、部長のアップが写し出される。
「撮れてますね……」
「さっきは撮れなかったのに……」
中野と部長が、俺の手元を覗き込んで言った。
「わっ、忘れてました! このカメラ指紋認証が付いてて、俺しかシャッター下りないんすよ!」
嘘くさい説明を早口でまくし立てる。
俺は、このカメラを使う代わりに他の物で写真が撮れなくなった。他の物で写真が撮れないとはどういうことかを確認するため、いつものデジカメで写真を撮ろうとした。だけど、何度試してもシャッターが下りない。スマホも同じだった。
部長にシャッターが下りなかったと聞いた時、俺がこのカメラでしか写真を撮れないように、このカメラは他の人には撮らせないんじゃないかと思った。
俺専用の、俺だけのカメラ。
「指紋認証付きのカメラなんか、聞いたことないな……」
部長がいぶかしげな顔をする。
「あ! 副部長が呼んでますよ! そろそろ始まるんじゃないっすか?」
俺はなおも聞きたそうな部長の背中を押して、手招きしている副部長の所に向かった。
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