第31話:セレスタ。僕と一緒に逃げよう。

 私たちがフィドルさんと一緒に夕飯を食べていた時だった。


 私たちの家の扉が「どんどん」と激しく叩かれたのだ。

 私たちは食事の手を止めて顔を見合わせた。


 こんな時間に家の扉が叩かれるなんで今までなかったことだ。扉を激しく叩く音には、緊迫感がある。


「セティ、アリー。二人は奥の部屋に隠れておいで」

 フィドルさんが緊張した声で私たちに命じる。


 私はアリシアの手を引き、ドキドキしながら奥の部屋へ向かった。


「俺だ。開けてくれ」

 私は聞き慣れた声に安堵した。


 フィドルさんが扉を開けると、そこに立っていたのは私の雇い主カレル・クラマルスだった。

 いつも泰然たいぜんとしている彼には珍しく、怒ったような顔をしていた。


「これを見ろフィドル。アリシアの所在を嗅ぎ回ってる奴がいる」

 私はドキリとした。


 カレルさんが持っていた手紙には、「薄紅色の髪にアメジストの瞳、ガラスの靴を履いた五歳の少女を探している。少女は王太子の婚約者である。見つけたものには相応そうおう褒美ほうびを取らせる」

 そのような内容の言葉がしたためられていた。


「どう言うことなんだ……!王太子の『花嫁候補』が、なぜ寄りによってアリシアなんだ……っ!」

 カレルさんは吐き捨てるように言った。


 カレルさんがこんなに声を荒げているのを見るのは、はじめて私がカレル・クラマルス宝石店の扉を開け、出ていけと怒鳴られた時以来だ。


「アリシアが……ウィルヘルム王太子の『花嫁候補』……?まさか、そんなことが……」

 フィドルさんも、呆然とした顔で呟く。


「たしかに、王太子はドラクロワの家系の出身だから、血筋としてはアリシアをめとっても問題がない」

 フィドルさんは暗い顔をしてうめくように言った。


「しかし、それにしたって……、なんという皮肉。なんという残酷な運命なんだ……」



「あなたたち……いったい何の話をしているの……?」

 私は入りづらい雰囲気の二人の元へ、恐る恐る近付いた。


「き、聞いていたのかセティ」

 フィドルさんは青い顔を更に青くして言う。


「この際、セレスタには説明しておくべきだろう」

 カレルさんは鋭い口調のまま言った。


「この国の王家には、世間にはあまり知られていない秘密がある。秘密……いや、『呪われている』と言っても差しつかえないだろう……。王家の血を引く人間は、『運命に定められた相手』としか結婚ができない。正確に言えば結婚できないことはないが、子を為すことができないんだ。だから、王家の血を引く人間は、成人――つまり十五歳を迎えた瞬間からその相手を探し始めるんだ。見つからなければ大変なことになるからな」


「『運命に定められた相手』……?そんな……いったいどうやって見つけるの?たくさんいる女性の中から運命の相手だなんて」


「一目見れば直感ですぐにそれと分かるそうだ」

 一目見ればすぐにそれと分かる……。


 たしかに、おとぎ話のシンデレラも白雪姫も、眠れる森の美女も、王子様は一目見てお姫さまと恋に落ちるものだわ。


「そ、それじゃあ……、昨日、初対面のアリシアに『僕のお姫さまを見つけた』なんてふざけたことを言ってきた男の子は、本当にこの国の王子様だったと言うの……!?」

 私は仰天して大きな声を出してしまった。


 たしかに身なりのよさそうな、黒髪の可愛らしい顔をした男の子だったけど……。


「しかもアリシアはガラスの靴を履いていたんだろう?……王太子の求婚を待っていたと受け取られても仕方のない話だ」

 カレルさんは忌々いまいましそうな顔をして言った。


「だ、だけど……それは、たしかに大変なことだとは思うけど、よ、喜ばしいことでもあるのではないかしら……女の子にとっては夢のような話。未来の国王陛下のお嫁さん候補に選ばれるなんで……」


 私は昨日会った男の子を思い浮かべた。

 たしかに可愛らしい男の子だったし、あの時は事情を知らなかったから戸惑ったものの、彼の態度は真摯しんしなものだった。


 アリシアはまだ五歳だけど、王子さまに見初められるなんて、それこそシンデレラストーリーではないか。

 物凄い玉の輿であることには違いがない。


「そうじゃ、ないんだよセティ。いいかい、セレスタの夫であり、きみを殺した『エヴァン』は、この国の国王なんだ。ヨハン・ベルナルド・フォン・ラドラック。第十八代ラドラック王国国王だ」


「陛下……」

 そうだった。セレスタは結婚していたのだった。この女の結婚相手は、他ならぬ、国王陛下なのだ。


「つまり、もしも王太子とアリシアが結ばれれば、君はかつて君が結婚し、その末に君を殺した男と姻族いんぞく関係になることになる」


 私の頭は混乱してきた。


「ちょっと待って。じゃあ、アリシアの父親はこの国の国王陛下ということなんでしょ?つまり、アリシアと王太子様とは兄妹ってことなのでは……?」


 私の疑問を解いてくれるように、フィドルさんが説明を続けた。


「今の王太子は国王の実子ではない。セレスタを殺し、その娘であるアリシアも追放し、世継よつぎのなかった陛下は、新しい相手と再婚するのかと思ったが、そうしないで、遠い親戚筋からたしかに王族の血を引く男の子を養子に迎えたんだ。それが今のウィルヘルム王太子。アリシアと兄妹関係にはない」


 私は肩を落とした。

 思ったよりも複雑な話になってきた。


「セレスタ。僕と一緒に逃げよう。今すぐにこの国から逃げ出して、陛下や王太子の目に留まらない場所で、幸せに暮らせばいい。僕たちには、手に職がある。どこの国に行ったとしても、宝飾品を作る技術を持っていれば、仕事は見付かるだろう」


 そんな……。急な話の展開に、ついていけなくなってきた。


「それが、懸命な判断かもしれないな。このままでは、どんなに閉じ籠って隠れていたとしても、早晩アリシアは居所を突き止められてしまうだろう。そうなれば、アリシアは無理矢理にでも王太子の婚約者として城に連れていかれるだろうし、セレスタも、国王に会わざるを得ない。そして、国王に会えばお前は再び殺されるだろう」

 カレルさんは断言するように言った。


「俺は、宮廷社会の醜いゴタゴタの中に再びアリシアを放り込みたくはない。俺がセレスタの亡骸なきがらと一緒に、アリシアを引き取ってきたのは、そのためだったと言うのに……」


「わ、私は……」

 カレルさんの冷静な言葉を聞いて、私の心の中が少しずつ整理されてきた。


「私の目的は、アリシアを幸せにすることなの。そのためならば、自分はどうなっても構わないわ。だから、アリシアの気持ちを尊重する。アリシアが平和な国に逃げたいと言うのなら、私はアリシアと逃げるし、王太子妃になりたいと言うのなら、この子をお城へ連れていくわ」

 フィドルさんとカレルさん、私たちの保護者代わりの二人は、戸惑った顔をした。


「アリー、あなたは、どうしたい?」


 静かに大人たちの言葉を聞いていたアリシアが、家族の顔を見回す。


「アリーは、王子さまに、会いたいの」


 え……っ?

 三人の大人はこぞって驚きの顔を浮かべた。


「アリーは、王子さまに、会いたい」

 アリシアは、切なげな顔をして、片方しかなくなってしまったガラスの靴を握りしめていた。


「アリー、あなたまさか、昨日あんなに泣いていたのは、ガラスの靴を失くしたからではなくて、王太子様との別れが辛かったからなの……!?」


 アリシアは、そっとうなずいた。

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