第30話:今度会ったらただじゃおかない。

 近くのカフェに入り、娘とお昼ごはんのトマトソースの掛かったパスタ(この国のパスタはマカロニみたいなショートパスタが主だった)を食べながら、私は考えていた。


 これからもきっと、ヒルダの幻影には悩まされるだろうけど、それはそれで受け容れて生きていくしかない。


 いつ見付かるかとこそこそ生きていくよりは、私は二宮あかりだと、堂々と胸を張って表を歩けるようになった方が、やっぱりいいに決まってる。


 そのために、あと一つ解決しなければならないことは、やっぱりエヴァンとの関係だろう。


 どうやったらエヴァンに会えるだろう。

 みんなは止めておけと言うけど、私はエヴァンに会いたかった。

 フィドル兄さんを疑っているわけではないけれど、彼がすべて本当のことを言っているとも限らない。

 アリシアの父親がエヴァンだったとして、セレスタを殺して二人を不幸にした理由が分からない。


 アリシアがあれだけ怖がっていて、あの優しいフィドル兄さんが頑なに真相を教えてくれないことには、たぶん耐えがたいような真実が隠されているのだろうけど。


 それでも、このまま何も知らないままなのは嫌だ。


 そして、この体は、セレスタは、狂おしいほどにエヴァンを求めている。


「おかあしゃま……?」

 アリシアが心配そうな顔で私の顔を覗き込んでいた。


「ご、ごめんね。お母さん、何があってもあなたを幸せにするからね」

 何はともあれ、私の目標はこの子を幸せにすることだ。

 それだけは見失ってはいけない。





「見て、あの女……まさか、ヒルダじゃない?」

 城下町のメインストリ―トを自宅へ向かって歩いていた時だった。

 さっそく私たちは、ヒルダ・ビューレンのアンチに出くわした。


「何よあんた、死んだと聞いてせいせいしていたのに、やっぱり生きていたのね……!しぶとい女……っ!何よこの髪、変な色ね。こんなんで変装したつもりなの?」

 女は私の髪をぐいぐいと引っ張った。

 またか、という思いだった。

 こんな扱いにもいい加減もう慣れっこだ。


「過去に私があなたに何かしたのなら、謝罪します。本当に、ごめんなさい」


 私は髪を引っ張られようが、何をされようが黙って頭を下げ続けた。

 そうしようと心に決めていたからだ。


「やめて、あかりをいじめないで……!」

 アリシアが私をかばってくれる。


「ふうん……それが噂の娘さんね……!父親が誰だか、教えてもらいたいものだわ……!」


 女は大きな声で、嘲笑うように言う。

 道行く人々が何事かと見ている。


「母親とそっくり!イヤらしい目付きをした子どもだわ……!」

 女はアリシアの髪まで引っ張って、ののしるように言うのだった。


「あなたは、おかあしゃまのお話、聞いてなかったの!?」

 アリシアが我慢ならないという顔で、大きな声を上げた。


 おかあしゃまのお話、聞いてなかったのって……この人は別に、今朝集まった人達の中には居なかったと思うけど……。

 母が突っ込むより先に、アリシアは彼女に向けて訴え続ける。


「この人は、ヒルダじゃないよっ!アリーのおかあしゃまは、死んでしまったの!おかあしゃまは、もう、どこにもいないの!この人は、おかあしゃまだけど、ニノミヤアカリなの!アリー、おかあしゃまのこと、だいすきだったけど……、ニノミヤアカリのことも、だいすきなの……っ!」

 

「アリー……!」

 私はたまらず、アリシアの身体を全力で抱き締めていた。


 うわーーーーーーん……!

 アリシアが大声を上げて泣き始める。


「おかあしゃまぁーーーーー!」


 アリシアが私に、はじめて見せた泣き顔だった。


「ごめんね、アリー」

 私はアリシアを幸せにしようと思っていたのに、自分のことに一生懸命で、アリシアの気持ちをおもんばかってやれていなかった。


 私の言葉を、アリシアがいったいどんな気持ちで聞いていたか……。


 母親を亡くして、一番つらかったのはきっとアリシアだったのに。

 私はそれに、思いが至っていなかった。

 アリシアは誰よりも賢く、健気けなげな子どもだった。


「アリー、ほんとうに、ごめんね……」

 私はもらい泣きの涙でぐしゃぐしゃになりながら、アリシアの小さな身体を抱き締めて、そのふわふわとした髪の毛を撫で続けた。

 少しでも彼女の悲しみが、やわらいでくれればと、願いを込めて。

 



「……何よそれ、訳が分からないわ。さすが傾国の魔女とその子どもね。同情を引くためのパフォーマンス?」


 長い沈黙の後に、女がぽつりと言う。

 まだそこに居たのか。

 私はいい加減腹が立ってきた。


 涙に濡れる顔を上げて、野次馬たちをにらみ付ける。


「やっと見つけた……っ!こんなところに隠れていたんだね、僕のお姫さま……!」

 緊迫した場面には場違いな、はしゃいだような声が突如とつじょとして割って入った。


 僕のお姫さま……?


 まさか私のこと?


 こんなところで「エヴァン」の登場……!?


 恐れおののきながら振り返ったら、黒髪を健康的な短髪に切り揃えた綺麗な男の子が立っていた。


 『男の子』だ。間違いなく十代だろう。


 いやいやいや、ヒルダ・ビューレン!

 まさかこんないたいけな男の子にまで手を出していたのか……っ?


 心の中であきれていたら、彼は右腕を掲げて、指揮者のように腕と指を使って命令を下したのだった。


「アブレク・アド・ハブラ」


 カレルさんみたいだ。


 私は呆気にとられてその様を見ていた。


 男の子の指揮棒タクトに指示された人達――私とアリシアをののしってくれた女、野次馬として集まりはじめていた複数の人間たち、彼らは全員、今していたことを忘れてしまったかのように、足早にその場を去っていったのだ。


 す、すごい……効果抜群だ。

 カレルさん以外の魔法使いには、この国へ転生してきてはじめて出会った。


 為すすべなくその様子を見ていた私たちの元へ彼はすたすたと歩いてくると、お伽噺とぎばなしの貴公子がするように、優雅に腰を屈めてひざまずき、アリシアの手を取って甲に口付けたのだった。


「泣かないで、僕の可愛いお姫さま。どうか僕のお嫁さんになってください」


 ええーーーーーっ!?

 『僕のお姫さま』って、まさかアリシアのこと!?


「ち、ちょっと……!うちの娘に何してるのよ!けがらわしい……!離しなさいその手を!この子はまだ五歳よ!分かってるの?」


 私は全力で拒絶していた。

 道行く人がその様子を見てざわついている。

 そりゃ、そうでしょう。

 この昼日中のメインストリ―トで、超絶美少女(五歳)に求婚する男の子がいたら。


「助けていただいたことにはお礼を言います。でも、あなただって、まだそんなに若いのに。いきなり『お嫁さんになって』だなんて、さすがに引きます」


「うう……ご、ごめんなさい。怖がらせるつもりはなかったんです。ですがどうか僕の話を信じてください。一目見て分かりました。この胸のときめき……僕のお嫁さんは、あなた以外にあり得ません……!」


「アリシア、逃げるわよ……」

 私はアリシアを抱っこして、全力で逃げ出した。


 こういうヤバそうな手合いには、関わらないことが一番だ。


 命からがら自宅に着くと、アリシアのガラスの靴が片方無くなっていることに気が付いた。


 アリシアは大泣きしていた。

 せっかく買ってもらったガラスの靴を無くしてしまったことが、よほどショックだったのだろう。


「ごめんね、アリシア。明日、探しに行きましょう」


 全てはあの変態野郎のせいだ。

 今度会ったらただじゃおかない。

 いや、もう二度と会いたくはないけど……。




 ところが、その夜、もっと恐ろしい事実が明らかにされたのだった。


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