第32話:これが最期の会話になるかもしれない。

 私たちは天をあおいだ。

 まだこの子、五歳のハズなんだけど……。


「無理からぬことなのかもしれないな……。王家の人間は、『運命の相手』を見付けた瞬間に深くその者を愛し、離れがたい気持ちになると言われている。王族の結婚相手になったことのある人間にしか分からないことだが、もしかしたら、『運命の相手』の方も、王子に見初められた時、その瞬間に心を奪われてしまうのかもしれない」


 私はカレルさんの言葉に、ペンダントの中のエヴァンを見るたびに胸を締め付けられるような愛しさを思い出していた。

 かつてのセレスタも、エヴァンの『運命の恋人』で、彼らは強くかれ合っていたのかもしれない。


 私がエヴァンに対して抱いているものと同じような気持ちを、アリシアも王太子殿下に抱いているのかもしれない。


「……分かったわ」

 私は覚悟を決めて宣言した。


「逃げも隠れもしない。私は明日、アリシアと一緒にお城へ行く」


「ダメだ……っ!」

 フィドルさんが私の身体を抱き締めて言う。


「行ってはいけない、セティ……っ!行ったら君は殺されてしまう。何のために、僕が君をこの世に蘇らせたと思うんだ!?母を失ったアリシアがあまりにも不憫ふびんで……かわいそうだったから、アリシアのために君を蘇らせたのに……!こんなことになるのなら、どんなに君が働きたいと言っても、この家に閉じ込めて置くべきだった……!君が下手に出歩くようなことをしたからこんなことになってしまったんだ!」

 フィドルさんは、心底悔しいと言う顔をして、怒鳴るように言った。


「フィー、ごめんなさい。だいじょうぶ。おかあしゃまのことはアリーが守るよ」

 アリシアはきっぱりと言う。


 アリシアはいつも迷いがなく、自分の心に正直に話す。

 だからこそそんなアリシアの言葉には、不思議な安心感があり、信憑性しんぴょうせいがあるような気がしてくる。


 カレルさんは考え込みながら言う。


「……分かった。王宮へは俺が連絡をしておこう。ここにピンクの髪にアメジストの瞳を持つ五歳の少女がいる、すぐに迎えに来い、とな。そうでも無ければ、のこのこ王宮へ向かいなどしたら、褒美ほうびを狙った心無い人間たちに容赦なく捕まるだろう」





 

「カレルさんは、どうしてあんなに私たちに良くしてくれるの?」

 アリシアが寝てから、私はずっと不思議に思っていたことを兄にたずねた。


 今夜を逃せば、しばらく兄とは離ればなれかもしれない。

 何せ私たちは、明日王宮に行くのだ。

 もし、私が国王陛下に殺されたら、これが最期の会話になるかもしれない。


 私は兄のために紅茶を淹れた。


「カレル・クラマルス卿と僕――僕たちには、共通点があるんだ」

 フィドルさんも、私と同じ考えだったのか、私の向かいに座ると、意を決したような顔をして語り始めた。


「君が……いや――かつてヒルダ・ビューレンが、唯一心を許し、本気で恋した二人の男だ。少なくとも、僕は、そう思っている」

 私は息を呑んだ。


 この人はいま私に、これまで秘匿ひとくされていたとても重要なことを話そうとしている。


「君をだましていたことは謝りたい。バレバレだったかもしれないけど、僕は君の本当のお兄さんではない」

 フィドルさんは申し訳なさそうに言った。


「ヒルダの生い立ちは僕もよく知らないんだけど、僕の父と何らかの縁があって、両親を亡くした彼女を父が引き取ったんだ。僕にとって、セレスタは宝物みたいな存在だった。河原でふと拾ったびっくりするほど綺麗な宝石みたいな、宝物だよ。自分だけのものとして大切に取っておきたいけど、同時にみんなに自慢したい。僕の妹はこんなに綺麗なんだよって、自慢して回りたい、そんな存在だった」

 フィドルさんが昔を懐かしむような顔をして私の髪を撫でる。

 私ではない誰かを見ている目だった。


 この目には見覚えがある。

 そう、カレルさんも、たまにそんな顔をして私を見ていた。二人とも、私を通していつも私ではない女性を見ていたよね。


「セレスタは歌が抜群ばつぐんうまかった。彼女自身も歌ったり踊ったりするのが好きだったんだ。生い立ちのせいか、性格はとても内気で、大人しい子どもだったんだけど、歌っている時は、別人のようにいきいきと輝いていた。僕の父親が死んでから、セレスタは僕たちの生活を少しでも楽にしようと考えてくれたのか、キャバレーからのスカウトを受けた。僕は猛反対したけど、僕が反対したところで、もうどうにもできない状況になっていた。ショービジネスというのは恐ろしい世界だよ。セティはあっという間に夜の店の看板娘になっていた。でも、セレスタは内気で、他人にニコニコ愛想良くするとか、そういうことが本当に苦手な性格でね。君とは全然、真逆の性格だよ。そんなところが一見すると、気高く凛としていて、誰にも心を開くことが無いように見えた。その冷たさゆえに、逆にたくさんの男が彼女を微笑ませるために入れ込んだんじゃないかと思うよ」

 フィドルさんは苦笑した。


「彼女はあっという間に華やかな世界の人気者になって、彼女の熱烈なファンはたくさん居たけど、本当は純朴で、頼りなくて、精神的にもろいところがあって……これはただの自慢だけど、セティは義兄の僕にだけは、心を許して、年相応の少女の頼りない姿を見せてくれていた。僕が『男として』魅力を感じてもらっていたかははなはだ疑問があるけど……彼女はとにかく安息の地を求めていたから。一時でも普通の女の子に戻れる、安らげる場所をね」

 フィドルさんは話しながら、ずっと淋しそうな顔をしていた。


「カレル・クラマルスとの関係がどのようなものだったのか僕は知らないけど、カレルもヒルダのことを愛していたのは間違いないと思う。ヒルダにお金を注ぎ込んで、彼女のことを追い回している男は他にもたくさんいたけど、唯一カレル・クラマルス卿は、ヒルダの正真正銘の恋人だった」

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