第13話:新しい魂はもう少しマシかと思ったのに、今度の女も、大した女だな……

「仕方ないな。一回だけだぞ」

 カレルさんは迷惑そうな顔をしながらも、五歳のアリシアの無邪気な姿に口許くちもとが少しだけほころんだように見えた。


「やったー!」

 アリシアは期待のこもったキラキラとした瞳をカレルさんに向ける。


 カレルさんは立ち上がり、めんどくさそうにカウンターの向こうから出てきて、すっと居ずまいを正した。

 指揮者のように右手を目線の高さに構える。


「開けゴマ」

 カレルさんの深みのある声が淡々と告げ、指揮者のように構えた指先が、素早く空を切ると、その動きに合わせて店内のすべての陳列棚の引き出しという引き出しが開き、私をご覧……とでも言うように、引き出しの中に納められた宝飾品達が次々と姿を現した。


「すごい……」


 ミュージカルだったら、音楽が流れるところだ。

 『魔法使いの弟子』みたい。

 私の肩あたりの高さの最上段の引き出しから足元の最下段まですべての商品が見えるように階段上になって、まるで宝石で飾られた雛壇ひなだんのようだ。


 赤、青、緑、紫、金、桃色……さまざまな色の宝石のはまった指輪、ネックレス、ブローチ……色とりどりのジュエリー達が、キラキラと光を放ちながら目の前に現れた。


「綺麗……」

 私は、胸がいっぱいになった。


 引き出しの中は、カレルさんの瞳の色と同じ、濃い群青色のベルベットが敷かれていて、その上にきちんと行儀よく整列して、アクセサリー達が並んでいるのだ。


 一つ一つに意思があり、「私を手に取ってください……」と誘っているかのようだ。


 アリシアもうっとりとした顔で、部屋の中央に立ち、スカートをひるがえしながらくるくる回って全身で喜びを示していた。


「すごい……。『あれ』見せてって……これのこと。素敵。あなたは本当に、魔法使いなのね……」

 私は心底感心して言った。


「ありがとうございます……!」

 私の口から条件反射で感謝の言葉が出てきた。


 無愛想で気怠けだるい雰囲気なのに、アリシアを喜ばせるために、こんな素敵な演出をしてくれるなんて。


 それもきっと、一度や二度じゃないんだ。

 今までにもきっと、こんなことが何度もあったに違いない。

 アリシアが『あれ』見せてって言うぐらいなんだから。


 カレルさんは面白いものを見たように少しだけ目を細める。


「こんなことは、造作もないことだ。セレスタの口から『ありがとう』なんて言葉が聞けるとは……あんたはやっぱり、別人格なんだな。セレスタは気安くそんな台詞せりふをはくような女ではなかった」


 感謝の気持ちも伝えられないなんて、ほんとに、セレスタ・クルールって、どんな女だったの……?


「セレスタは気位きぐらいの高い女だった。他人に簡単には頭を下げないような」

 私の心の中の疑問に答えるように、カレルさんは言う。


 ますます分からなくなる。

 あんなに穏やかで優しい人を兄に持ち、それなのに気位が高くて、傾国の悪女と呼ばれながら、娘のことは可愛がっていたみたいだし……。


 セレスタはいったい、どんな女だったの?


 どんな恋をして、どんな思いでアリシアを産んだのだろう。十九歳の若さで。

 日本人の感覚で考えれば、十九歳で子どもを産んで育てるって……それだけで大変なことだ。


「……決めた。私、職を探しているの。あなた、私を雇わない……?ここならば、アリシアも連れてこられるし」


 カレルさんは開いた口が塞がらないと言う顔をする。


「いったい何を言ってる……。これ以上面倒事に巻き込まれるのは御免ごめんだと言っただろう。それに、宝石店と言っても、うちの稼ぎは大したもんじゃない、俺一人で充分だ。従業員を雇うつもりはないぞ」


「あら、ずいぶん弱気なのね。たしかにあの地味な看板に地味な店構え。店主もこんなやる気の無さそうな無愛想な男なら、商売上がったりでしょうね……。いいわ。それなら、私を雇って、売り上げが下がるようなことがあれば、お給料は要らない。その代わり、売り上げが上がったら、上がった分の給料、ちょうだいよ……!」


 カレルさんは顔色を変える。

「何を言っている。俺は別にこれ以上売り上げを上げたいなんて思ってないんだよ。その日食べていけるだけ稼げりゃそれでいい。声高に宣伝して、あこぎな商売するつもりはないんだ……ったくこれだから『転生者』は……!どうせ前世では不幸だったから、今世じゃ荒稼ぎして成り上がってやろうとかそう言う魂胆なんだろう?」


 勝手に決めつけるような言いぐさに、私はかちんときた。


「ええ、その通りよ。私は前世じゃ不幸のどん底だった。だから私は成り上がってやろうと思ってる。私には何よりも、お金が必要なの。私はね、前世で、自分が全部、アリシアにやってあげたいと思ってる。好きな時に好きなものを、お腹いっぱい食べさせてあげたいし、好きな時に好きな服を好きなだけ買ってあげたいの!」


 一緒に並んで街を歩いて、美味しそうなものを見つけたら、一緒に頬張って美味しいね、と言い合いたい。


 誕生日にはケーキを買って、お花屋さんで買ったお花でテーブルを飾って、一緒にお洒落な洋服屋さんに入って、どれでも良いから好きな服を選びなさいって言って、リボンの掛かった箱に入った誕生日プレゼントを贈ってあげたい。


 私がお母さんと一緒にしたかったこと、してもらえなかったこと、全部この子にしてあげたいのだ。


「その為には、お金が必要なの」

 私は堂々と胸を張って、そう言った。


 カレルさんは面食らったような顔をした。


「……ったく、新しい魂はもう少しマシかと思ったのに、今度の女も、大した女だな……」

 カレルさんは目を瞑って溜め息をつく。


金輪際こんりんざい、お前とは関わるまいと思っていたっていうのに……。分かったよ。自分の言ったことには責任を持てよ。売り上げが上がらなかったら、給料はやらないからな……」


「本当に……?やったーーーー!ありがとう!」

 私は思わずカレルさんの手を取って、飛び跳ねていた。


「やめろ。その手を離せ……」

 カレルさんはイヤそうな顔をするが、そんなことはお構い無しだ。


 仕事が見つかった……!


「やったーーーー!」

 アリシアまで喜んでお店の中を走り回っている。


 アリシアのこんな姿は始めて見た。

 アリシアは本当に、この魔法使いのことが好きだったみたいだ。


 小さな女の子にとってはそうかもしれない。行くたびにキラキラした宝石を見せて貰えるのだから。

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