第12話:人の店のものを勝手に触るとは、随分良識のない女だな……
薄暗い店内。
客は一人もおらず、人の気配がなかった。
狭い店内にはズラリと引き出しのついた棚が並んでいた。
レジスターの置いてあるカウンターに、店員はいない。
物騒だな。
扉は開いてたから入ってきたものの、店内に誰も居ないなんて、宝石盗み放題ではないか。
「すみませーん!誰かいませんかー?」
私は大声で呼び掛けた。
誰も出てこない。
「すみませーん!誰もいないなら、宝石もらって、帰りますよー!」
私は断ってから、試しにずらりと並んだ引き出しの一つに手を掛ける。
うっ……びくともしない。
さすがに、鍵を掛けてあるのか……。
「あ!カレルさんだ……!」
アリシアが声を上げる。
「人の店のものを勝手に
物憂げな顔をした男が奥の部屋から顔を出した。
ドキッとする。
青みがかった黒髪を肩に付くか付かないかぐらいの長さで切り揃え、髪の色に良く似た深い群青色の瞳の美男子だった。
すらりと細身で背が高く、襟のある黒いシャツに同じ色のジャケットをぴたりと着こなしている。
男は私と目が合うなり、群青色の瞳を見開いた。
私とアリシアをかわるがわる見ながら、みるみる顔色が変わっていく。
「おまえ……」
うう……っ、ここにもまた一人、ヒルダ・ビューレンに
「出ていけ……。とっととこの店から、出てけーーーーーっ!」
やっぱり……。
彼はきままな猫が突然毛を逆立てて
「で、出ていきません……!」
私は彼の剣幕に負けぬように声を張った。
「教えてください……!『この女』が、あなたにいったい、何をしたのか……!」
セレスタ・クルールがとんでもない悪女だったとして、彼女に
そこでどんな目に遭うかは分からないけど、とにかく誠意を見せて、ただ謝るだけだ。
そうしているうちに、この女がどんな女だったかも、
彼は肩を落とした。
「そうか、おまえ、記憶がないんだな……」
男は深い溜め息をつく。
記憶がないんだな……?
何でそれを知っているのだろう。
そう言えばフィドルお兄さんも、初対面の時に『やっぱり、僕たちの記憶はないんだね』と言っていたけど……。
あの『やっぱり』とか『僕たちの』という言葉が気になってはいたのだが。
「俺の名前はカレル・クラマルスだ。看板にもあっただろう、この宝石店の店主だ。フィドル・クルールの勤める工房で作られた宝飾品を
私は
「だって。この女の身体で街を歩いていたら、この女に怨みを持つ人に次々に出会って罵倒されそうなんだもの……。フィドルさんが、身の安全のために髪を染めてくれたのよ。赤毛にするつもりが、間違ってピンクになっちゃったけどね……」
私は編み込みの先っぽをつまんで彼に示しながら言った。
「そりゃまあ、そうだろうな……セレスタ・クルールはどうしようもない女だった」
彼は再び物憂げな顔をして溜め息をついた。
「立ち話もなんだ。二人とも、座ったらどうだ」
カレル・クラマルスはカウンターの椅子をすすめてくれる。
商談をする用途も
私たちが腰掛けると、カレルさんも向かいの椅子に座った。
サラサラとした黒髪が揺れる。
カラスアゲハの羽のように、揺れる度に濃い青色に艶めいた。
商売人とは思えないほどに不愛想で、にこりともしないけど、思ったよりは優しい人のようだ。
「あんたも災難だな。よりによって、セレスタ・クルールみたいな女に『転生』してしまうとは……」
「なっ……」
今度こそ私は、雷に撃たれたような衝撃を受けた。
「なんで、それを……?」
この世界に来てから、『転生』のことを知っている人物に、初めて出会った。
「なんでもクソも、俺だからな。お前をこの世界に
「はあ……っ?」
私は思わず素っ
「絶対に、誰にもいうなよ。これ以上面倒事に巻き込まれるのはうんざりなんだ。俺はお前ら兄妹とも、きっぱり縁を切るつもりだったんだからな……!」
カレルさんはカウンターに
この人は、私とフィドルさんをはっきり兄妹と言う……。やはりフィドルさんは私の兄で間違いないのか。
「俺は魔法使いなんだ。ここだぞ、
そんな、『ここ、テストに出ます』と言う高校教師みたいに言われましても……。
はあ……。
魔法使い?
やはり中世ヨーロッパ風異世界だから、この世界にも魔法使いが居るってわけね。
シンデレラの世界にも、眠れる森の美女の世界にも、魔法使いは出てくるもんね。
こんな、無愛想な感じの男の人とは違うけど。
「俺は頼み込まれて、
私は思わずアリシアの横顔を見た。
母が事切れていただの、魂がこの世を去っただの、そんな話を聞かされて、ショックじゃないだろうか……。
ところが、気丈なアリーは、顔色一つ変えず、静かにカレルさんの話を聞いている。まるで、そんなことは百も承知、と言った顔だ。
「魂が別の人間のものになる以上、姿形はセレスタでも、全く別の人間になる。それでもいいのか?と俺は確認した。迷いはないようだった。それで構わない。むしろ、新しい人間に生まれ変わってもらいたいと思っているようだった。無理もないかもしれないな。セレスタは、どうしようもない悪女だったからな」
フィドルさんは淡々と説明を続ける。
「だから俺は、異世界から、セレスタと同じ時期に死んだ、魂の質が似ていて、器に適合しそうな女を喚び寄せた、それだけだ。上手く行くかは分からなかったが、お前がそうしてピンピンしているところを見ると、どうやら成功したらしいな」
成功したらしいなって……随分ね、この魔法使い。上手くいったかどうか、見届けもしなかったなんて。
「いったい、誰なの?あなたにセレスタを蘇らせてくれとお願いした人って……やっぱり、フィドルさん?それに、そもそも、セレスタはなんで死んだの?」
この人なら事情を知っていそうだと思い、私は質問を畳み掛けた。
カレルさんはうーん……と綺麗な顔をますます憂鬱そうに曇らせた。
「俺の口からは言えない……。いや、セレスタの記憶を失くして、新たな人生を歩むなら、敢えて知る必要もないことだ。変に首を突っ込むと、後悔することになると思うぞ」
カレルさんは忠告するように言う。
やっぱり、この女の過去には、知らない方が幸せに思えるような、恐ろしい事実が待っているのだろうか。
「ねえねえカレルさん、いつもの『あれ』見せてよ~」
アリシアが、あえて私たちの会話を終わらせようとするように割り込んだ。
この子はどこかそういうところがある。
「『あれ』……?」
カレルさんは、迷惑そうな顔をする。
「どうしてもか?」
「うん!見たいみたい……見たいみたい……!」
アリシアは駄々っ子のように言う。
いつも大人しく母や叔父の言うことを聞くアリシアがこのような態度を取るのは珍しいことだ。
このカレル・クラマルスと言う魔法使いは、どうやらアリシアにとても
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