第6話 :だ、だめよ……男性のベッドの下なんて覗き込んだら、何が出てくるなら分からないわ……!
「おっかあっしゃま……!」
私の妄想を破るように、アリシアが可愛い声で私を呼んだ。
彼女は小さな身体を床にペッタリと貼り付けて、ベッドの下をあさっていた。
「なにか、あるよ!」
「え……っ?」
私はアリシアと同じように床に転がってベッドの下を
だ、だめよ……男性のベッドの下なんて
たしかに、何かある……。
手が届きそうで届かない場所に。
暗くて良く見えないけど、本、かな……日記、とか……?
こんなところにわざわざ隠してあるということは、フィドル・クルールとその妹セティの、
しかも、セレスタの存在した
是非とも読んでみたい……。
(もちろん全然関係ない書物である可能性もある。この世界の
うーん、男性の手なら届くのかもしれないけど……。
このベッド、動かせるかな……。
その時、
「ただいまーーーー!」
私はドキリとして立ち上がった。
ベッドの下の
「セティー!アリー!お昼ごはん
のんびりとした声が聞こえてくる。
「お、お帰りなさい!」
そうか、もうお昼の時間か。
私はアリシアも連れて、ダイニングルームへ向かった。
この家は、玄関扉を開けてすぐがダイニングルームだ。
ほんとにその二部屋しかない。
フィドルお兄様はバスケットに入ったサンドイッチを持って帰ってきてくれた。
「僕は親方のお気に入りだからね、妹と
彼はバスケットを食卓の上に並べながら、
「ち、ちょっと!恥ずかしいんだけど、何か変なもの、出てこなかった……っ?」
彼は激しく慌てている。
「大丈夫よ、もう。兄妹でしょ?税金の通知書とか、あなたの仕事の書類?アクセサリーのレシピみたいなのとか、難しそうな書類とか……あととにかく洗ってない洗濯物!食器!食べかすとかゴミとか!だらしないよ、お兄ちゃん!」
私は思わず声を荒げていた。
母にも良くこうやってガミガミ言っていたものだ。
母はごめんごめん~ありがとね~今度やるから~とかしか、言わなかったけど。
「ご、ごめんごめん……。男一人所帯だとそういうの、どうしてもおろそかになっちゃてさ……」
フィドルお兄さんは食卓に座りながら頭を
人の
この人と面と向かっていたら、妹とあらぬ関係になって子どもを作ったなんてお話は、汚い現代日本に育ってきた私のいらぬ妄想でしかない気持ちになってくる。
「それよりも、私とアリシアの着替えがないのが困っているの……」
私はみんなにお茶を
掃除をしながら、この家の食材やら調理器具やら食器やらがどこにあるかは、完璧に把握していた。
コップもちぐはぐだけど、三個見つけた。
「そ、そうか。着替えたいよね。セティは十七歳の時にこの家を出ていってしまったから、僕はセティのもの、全部処分してしまったのさ」
私はサンドイッチを食べながら、さらりと解答を口にするお兄さんの言葉を、少しだけ
妹が出て行ったからと言って、持ち物全部処分するって、どういうお兄さん?
この様子だと、別に妹との関係が悪かったわけでもなさそうだし、むしろ妹大好きシスコンお兄ちゃんと言う感じなのに。よほどお金に困っていたとかなのかな。
「ねえ、お兄ちゃんは、私のこと好きだった?」
私は、上目遣いに兄の顔を
「な、何だよ急に……!今朝の仕返しとでも言うのかい?」
私の不意打ち攻撃に、兄は慌てふためいた様子で言う。
私はそんな兄の表情を冷静に、注意深く観察していた。
フィドル・クルールは耳まで赤くなっていた。
「も、もちろん大好きに決まってるじゃないか!大切なたった一人の肉親なんだから……!」
フィドルさんの『大好き』に含まれた気持ちが、家族としての愛情なのか、恋人としての愛情なのか。
彼の率直すぎる表情からは、読み取ることができなかった。
「たった一人の肉親なら、妹が出て行ってしまって、心配じゃなかったの?たった十七歳やそこらの娘だよ……?」
私はそんなフィドルさんに更なる
フィドルお兄様は顔色を変える。
「そりゃ、心配だったに決まってるだろう……!?もうそりゃ、気が気じゃなかったよ!君がいったい、どこのどいつとどんなことをヤってるか、悲しい思いやツラい目にあってないか……僕は君が出て行ってしまってから、ほとんど、気が触れそうだった……っ!」
うん……?うーん……?
なんか、うん、まあ、いいんだけど、なんか、やっぱりこの人、少なくとも普通のお兄さんの
なんか、うん、まあいいか。
やましいことがあるなら普通、隠すよね。
この人が妹への愛をここまで大っぴらにして隠さないことは、やましいことがないからこそな気がする。
「だから僕は、君が帰ってきてくれて、本当に嬉しいんだ。どこの誰の子かも知らないけど、こんなに可愛らしい姪っ子まで連れてきて……。僕は、肉親の子どもが、こんなに可愛く愛しいものだなんて、知らなかったよ。うん、可愛いアリー……!」
フィドルお兄様はサンドイッチに夢中のアリシアに
私は溜め息をつく。
それでもまあ、悪い人ではなさそうだし、私とアリシアのことを愛してくれているみたいだし、当面衣食住には困らなさそうだから、この、どんな設定の世界であるかも手探りな異世界を攻略していくのに、チュートリアルをお任せするには、最適な人物なのかもしれない。
顔がアンドリューそっくりなことだけを除いては。
「うーん……だけどさ、そもそも、この子のお父さんが誰か、気にならないの?心当たりもないんですか?お兄さん?」
再び容赦ない尋問を続ける私に、フィドルお兄様は悲しげな顔をする。
「君がこの家の前に倒れていたのは一昨日の夜半過ぎのことなんだよ。アリーを抱き締めるようにして意識を失っている君を見付けた時はもう、気が気じゃなかった。僕ももちろん、君たちをこんな目に遭わせたのがどこの誰なのかは気になってる。君がどうしてもと言うのなら、犯人捜しをする努力もしよう。……だけどね、とにかく、今はまだ、ゆっくり身体を休めるべき時だ。これからどうするかは、それから考えたのでも遅くはない」
フィドルさんはきっぱりと言った。
そうね、たしかに。
いろいろと事を急ぎすぎたのかもしれない。
「あ!そうだ……!」
私は紅茶をすすりながら、首に掛けておいたペンダントを外して兄に渡した。
「死に掛けながらも、大事に大事に持っていたみたいなの」
兄は驚いた顔をしている。
「ずいぶん高価な代物だね。本物のアクロライトだ」
さすがは宝飾職人。
先ほどまでののんびりした顔付きとは打って変わって、真剣そのものの顔、目の色が変わっている。
「銀の質もいい。白いアクロライトは非常に希少性の高い宝石なんだ。レリーフにも手が込んでいる。これは、高値が付くぞ」
「……じゃなくて。売るつもりもないし、鑑定してもらおうと思って渡したんじゃないのよ、それ、開くでしょう?」
「ああ、ごめんごめん……」
兄は繊細な手付きでペンダントを開く。
兄は目を見開いた。
おぞましい物でも見るかのような顔付き。
「この方は……」
知ってるんだ、やっぱり……!
「その人のこと、知ってるの?ペンダントに大事に肖像画を入れてるぐらいだからきっとセレスタの恋人よね?アリシアの、父親なんじゃないかしら?」
兄ははっとして私の顔を見た。
動揺を抑えこもうとしているような顔だ。
「も、もちろん知ってるよ……だけど……とても僕の口からは言えそうにない、恐れ多くて……」
彼は苦しげに顔を歪める。
「この人が誰かは、いずれ必ず分かる……」
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