第4話:これを開けたら、セレスタ・クルールの想い人が、(もしかしたらこの娘ちゃんのお父様が?)居るかもしれない。
「セティ、取りあえず、朝ごはんを食べよう。君は丸一日寝ていたんだ。お腹もすいているだろう?」
アンドリュー改め、フィドルお兄さんが優しい言葉を掛けてくれる。
ううっ……しかし、前途多難ではある。
同居人がアンドリューそっくりの顔をした『兄』(しかも妹に優しく接してくれる)だなんて、アンドリューに深い愛憎を抱える私には、拷問のような日常が待っていそうだわ……。
「少し、待っていてね。僕は朝ごはんの準備をしてくるから」
フィドルお兄さんが部屋を出ていったので、私は恐る恐るベッドから身を起こした。
あれだけ痛いと思っていた背中は、まったく痛くなかった。
「おじょうさん、私の背中って、どうなってる……?」
「せなか……?」
少女は不思議な顔をしている。
そうか。服を着てるから背中がどうなっているかなんて分からないわよね。
あれは、どうやら記憶の中の痛みだったみたいだ。
今は、フィドルさんの言ったとおり傷は癒えているみたい。
「おかあしゃま。わたしはアリーだよ。おかあしゃまは、アリーのこと、アリーって呼んでたよ……!」
可愛い五歳の少女は
「ご、ごめんなさい。おじょうさんじゃ、ないわよね。あなたは私の娘。アリーって、呼んでもいい……?」
「もちろんのことです……!」
アリシアは満面の笑顔だった。
思わずその頬っぺたを両手で挟んでいた。
シミひとつない、つやつやぷにぷにの、大福みたいな頬っぺただ。
堪らん。この可愛い生物が自分の娘だなんて、どんな
ベッドから出ようと身を起こすと、カツン……と床の上に何かが落ちた。
アクセサリーだ。シルバーのチェーンが付いたペンダント。
私はダイアモンドみたいな美しい宝石の付いたペンダントを拾い上げた。
セレスタが大事に身に付けていたのだろうか。
銀のチェーンは少しだけ黒ずんでいた。
胸が、ドキドキした。
これは、中に好きな人の写真などを入れるタイプのペンダントだ。
これを開けたら、セレスタ・クルールの想い人が、(もしかしたらこの娘ちゃんのお父様が?)居るかもしれない。
私はドキドキしながら、その楕円形のペンダントトップを開いた。
これは……。
はっとするほどの美男子が怖い顔をしてこちらを睨み付けていた。
写真の技術はこの世界には存在しないのか、それは小さな肖像画だった。
小さな絵なのに、細かく丁寧に描かれている。
黒髪だ。ごく普通の、日本の一般的なサラリーマンがするような、清潔な長さの黒髪に、鮮やかな朱色の瞳。
目が合った瞬間に、私の胸に鋭い傷みが走る。
そして、背中にも再び傷みが……。激しい動悸。
私は混乱しながら、傍らの娘にその肖像画を見せた。
「この人が、あなたのお父さんなの?」
アリシアは真ん丸な瞳で黒髪の超絶な美男子の肖像画を
アリシアは、はいともいいえとも言わず、とても悲しそうな顔をした。
「アリーこわい……。この人、こわいひと」
アリシアの声も震えている。
セレスタ・クルールを
もしかしたら、セレスタはこの男に殺されたのかもしれない。そして、死ぬはずだった女の身体に、死んだ私の魂が転生したのかもしれない。
この子の父親を突き止めて、何がなんでも責任取って、養ってもらおうと思ったけど、なかなか難しいことなのかもしれない。
この子を幸せにすると決めたのに、再び殺されるのは嫌だ。
私は溜め息をついてペンダントを閉じた。
まったく……いったい、どんな二十四年間を過ごしてきたの?この女は……。
「アリー、あなたは、お母さんのこと、好きだった?」
アリシアはにこりと笑って言った。
「うん、大好きだよ!」
「そっか……」
先程とは打って変わってニコニコした顔に
私は思わずその柔らかな銀の髪を撫でていた。
ちっちゃくて、可愛い生物だ。
生前の私には縁の無かった生き物。
セレスタ・クルールは、十代から外で男作って遊び歩いてた……って、いったいどんな女だ!?と思ったけど、少なくともこの子はきっと、セレスタに可愛がられていたに違いない。
でなければ、こんな風に母親にニコニコしたり、頭を撫でられて嬉しげに身体を寄せてきたりはしないだろう。
少なくとも私は、自分の母親にそんな風に接した覚えはない。
部屋のすみに姿見があることに気付いて、私はゆっくりとそれに近付いた。
恐る恐るその前に立つ。
これが、私……?
絶世の美女がそこにいた。
アリシアと同じ、長い銀髪に薄紫色の瞳。
「嘘みたい……」
日本人女性だった時、私はお世辞にも整っているとは言い難い容姿だった。
中肉中背、地味で平凡な顔立ち。黒い髪はクセっ毛だった。お金があれば、ストレートパーマを掛けて清楚な直毛黒髪ロングになりたかった。
「なんて、綺麗な人……」
着ているドレスは、何日も着替えていないみたいに薄汚れてはいたけど、手足はほっそりとして、肌は白くてキメが細かく、たおやかだった。
人を容姿でどうとか言うのは嫌だけど、こんな美人なら、外に男が何人居ても仕方ないのかもしれない。
本人が望むと望まざるとに
「アリシア」
私は小さな少女をもう一度ぎゅっと抱き締めて宣言した。
「わたし、決めたわ。今世では、この美貌で、成り上がってやる。そして、あなたを、この世界で一番幸せな、素敵なお姫様にしてみせるわ……!」
一度死んだんだもの、たまたまなんの
こんな幸運、そして
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