第一章:どうしてお兄さんなのよ……!

第2話:◯女なのに、娘がいるの?

 痛い。身体中が痛い。特に背中が、燃えるように痛い。

 あまりにも痛くて、

 身体が動かせない——私ははっとして身を起こした。


 ふわりと、ホコリの匂いのような、土の匂いのような、雨の匂いのような、なんとも言えない香りが鼻に入り込んでくる。

 嗅ぎ慣れない匂いだ。


 体の上にくすんだアイボリー色の掛け布団が掛けられている。ごわごわとしてあまり肌触りはよくない。


——ここは、どこだ……?


 知らない部屋だった。

 壁はひび割れた漆喰しっくい

 質の悪そうなでこぼこしたガラスの窓から光が差していて、枕元の小さなテーブルには一輪挿し。

 枯れ掛けたマーガレットが数本いけられている……まるで、そう、お伽噺に出てくるおうちみたい。


 ぼんやりとした頭で考える。

 これは、夢……?

 しん、と静かで、あまりにも現実感がなかった。


 私に掛けられていた掛け布団にすがり付くようにして、小さな女の子が寝ている。

 小さな耳に掛かるかすかにウェーブのかかった長い髪は見事な銀髪だった。


 私が起きたことに気が付いたのか、少女は身じろぎして顔を上げた。

 紫色の瞳と目が合う。


「おかあしゃま……?」


 私は目を疑った。

 なんだこの可愛い生き物は……?

 銀髪に紫色のぱっちり二重、ふっくらとした頬。

 年の頃、五歳ぐらいだろうか。


「おかあしゃま……よかったあーーーー!」

 少女は私の身体にぎゅっと抱き付いてそう言った。

 

 私の身体に回された少女の小さいながらもしっかりとした両腕の手応えに、私はぼんやりしていた意識が少しずつはっきりしてくるのを自覚した。


「ち、ちょっと待ってね……。お母さん……?わたしが、あなたの?」

 自分と少女を順番に指差しながら聞く。


 銀髪紫眼の美少女はこくこくと頷いた。

 そんな……、私は、生まれてこのかたアンドリュー以外の男性とはお付き合いをしたこともなかったのに、リアルの男性とは手を繋いだこともなかったのに、と言うかそもそも私、◯女なのに。

 ◯女なのに、娘がいるの?

 どういうこと……!?


 私はまじまじと少女の容姿を観察した。

 アニメだな。実写というか、アニメだ。

 いや、アニメの実写版?


 波打つ銀色の髪に紫色の瞳。

 少し薄汚れてはいけど、中世ヨーロッパ風の可愛らしいワンピースを着ているし、声もどこぞの声優さんみたいなアニメ声だ。(明らかに外国語だけど日本語みたいに聞こえる)


 私が状況を理解するより早く、少女は立ち上がる。


「おとうしゃまぁーーー!」


 私はぎくりとした。


 おとうしゃま……?


「ちょっと待って。お父様……!?」


 私がお母様ということは、この子にはお父様もいて、お父様って言えばつまり、私の結婚相手と言うこと!?

 私(というかこの身体)が、身体を許したお相手と言うこと!?


 無理。待って。心の準備が追い付かない。

 これはなに、めちゃくちゃ奇想天外な夢なのか?


 夢にしてはリアルだけど、リアルだけど銀髪紫眼のアニメ声の美少女って……これはいわゆる、『物語の世界に転生した』ってやつなの……?


 ただただアンドリューに夢中だった私は、ジャスティンなんちゃらとかエドなんちゃらとかの音楽ばかり聞いて、彼の好みそうな洋画や海外ドラマばかり見ていて、そういった手書きイラストの付いた小説やアニメはあまり見たことがない。


 異世界転生——そう言う筋書きのお話があるということを知っているという程度だ。

 物語の世界に転生するなら、主人公は転生先の物語の筋書きに精通していたりするのかもしれないけど、私は銀髪紫眼の娘ちゃんが出てくる物語なんて、知らないぞ……?

 なんで転生しちゃったのか分からないけど、転生させる人間、間違えてやしませんか?


「おとうしゃま、おとうしゃま……!」

 私の思考を遮って、少女の声が静かな部屋に響く。


 そうだった、そんなことよりも、お父様だ。

 少女の傍ら、床の上に毛布にくるまった男性が横たわっている。


 私はどぎまぎした。

 母一人子一人の家庭で育ち、スマホの中のアンドリュー以外とはお付き合いをしたこともなかった私にとって、同じ部屋に男性が寝ているという状況が異常だった。


 この人が、少女の父親?


「おとうしゃま、おきてーーー!おかあしゃまが……!」

 少女は男性を揺り起こさそうとしている。


  待って、起こさないで、だめ、

 少女の父親が、いや、私(というかこの身体)が身体を許したであろう男性が、生理的に受け付けない感じの不潔なおじさんとかだったらどうしよう……っ!


 イヤだ、異世界に転生して、気持ち悪いおじさんに身体を触られるとかだったら、そんなの、もう一回死んでしまうしかないではないか……っ!

 

 私は思わず両手で顔を覆い、眼をつむっていた。


 怖くて目を開けられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る