第2話 バイトに行きたいんだけど
「じゃあ、バイト頑張ってね」
「おう。お前も練習頑張れよ」
唯織と二人で職員室を後にして、廊下で挨拶を交わす。
「そうだ。ねえ秀平、応援来てくれるよね?」
「え?……う~ん、どうしようかなあ……」
「何よ、薄情ね。長い付き合いなのに」
彼女が話しているのは、陸上長距離種目の地区予選のことだ。
そこで上位の成績をおさめると、夏の全国大会の切符が手に入るのだという。
「お前だったら、俺なんかが応援に行かなくても余裕だろ? それにそんな役目はさ、彼氏にお願いしたらいいじゃないか」
正直あまり乗り気がしない、するわけがない。
きっとその場には、彼氏様もいるに違いない。
唯織とその彼氏が仲睦まじく過ごしている景色なんか、わざわざ見に行く気になれない。
冷たくそう言い放つと、唯織は表情を曇らせた。
「それがね、最近忙しいらしいんだ。サッカー部の方も全国大会への予選が始まるみたいでさ。だから行けないかもって言われてて」
唯織の彼氏は三年生で、サッカー部のキャプテンだ。
外見、成績、スポーツの三分野で群を抜いていて、男側のスーパー陽キャだ。
けれど、女関係にはだらしないとの噂もあって、唯織以外の女の子と一緒にいるところが複数目撃されている。
何でそんな奴を……と思わなくはないけれど。
でも大抵の男どもは、彼に勝てるところなど一つもない。
結局のところ、モテない底辺男子のやっかみにすぎないのかもしれないんだよな。
「まあ、考えておくよ。あんまり時間がないから、それじゃ!」
唯織との会話は、またスマホアプリででもすればいいだろう。
ひとまず打ち切って、バイトへと向かう。
校庭と登下校路を足早に駆け抜けて、電車に乗って。
バイト先がある街中を、汗を拭きながら急ぐ。
すると目の前の路上に、奇妙な光景があった。
人工的なパーマや不自然な長髪、だらしなく気崩した制服、不良と呼ぶのが相応しい男子たちが道を塞いでいる。
―― 困るんだよな。
そこを通らないと、バイト先に行けないんだ。
背中を丸くして、目を合わせないように気を付けながら、脇の商店の壁の前ギリギリを素通りしようと試みる。
「あっ! 剣崎さん!!」
えっ!? なんでこんなとこで、俺の名前が呼ばれるんだ?
恐る恐る声がした方に目を向けると、そこにいたのは、長い黒髪の清楚系美少女と、青い髪のロリっぽい美少女。
ええ!? なんでこの二人が、こんなとこにいるんだよ?
そこにいたのは、お嬢大河内沙羅とケルベロス楠真鈴で、ガラの悪そうな輩に取り囲まれている。
俺を呼んだのは大河内さんのようで、彼女は小鹿のような瞳をこっちに向けて、何かを訴えかけている。
―― 俺、お嬢に名前を憶えられていたんだな。
そんな自己満足に近い愉悦を感じたけれど、それは一斉に俺の方に向けられた、バイオレンス感満載のキツイ視線によって掻き消された。
「なんだあ、お前は? 彼女等の連れかあ?」
真っ赤なトサカ頭の長身野郎にスゴまれて、全身がカチりと凍りつく。
―― 最悪だ。バイトまで時間がない。
なのに、こんな厄介極まりない連中の注目を浴びてしまった。
「助けて、剣崎さん! この方たち、何をお話ししても、お分かりになっていただけないんです!」
大河内さんの叫びが、俺に向けられる。
それを耳にした輩連中は、ますます視線を尖らせる。
「お嬢様、大丈夫です。こんな奴らは私一人で!」
別の声がこだますと、輩たちの視線はそっち側へと移動した。
その先にいるのは、怯えた表情の大河内さんを庇うように立ちはだかる楠さんだ。
唇をきゅっと結んで、鋭い眼で連中を睨みつけている。
「なんだあ、乳のでかい姉ちゃん? ますますそそるねえ、その勝ち気なとこさあ」
相手は八人、じりじりと彼女らへの包囲を狭くして、いやらしい笑顔を近付けていく。
「いいじゃねえか、ちょっと一緒に遊ぼうって言ってるだけなんだよ? 気持ちいいことしようぜ。天国を見せてやるよお?」
なるほど……要はたちの悪いナンパのようだ。
正直ご勘弁願いたい。
ひょろひょろの文系高校生男子、度胸も運動センスもゼロの俺が加勢したところで、ものの数秒でのされてしまうだろうし。
他に助けを……と思って周りに目を動かしてみたけれど、通行人は遠くから目を逸らしているだけだ。
逃げたい。
でもなあ、ここで二人を見捨てて去ってしまうと、流石に明日から教室に入りにくいな。
何より、このままだとこの二人がどんな目に合うのか、分かったものではないしな。
―― 仕方ないな。
「あのお、彼女たちは俺の知り合いで、今から約束してるんです」
精一杯普通を装って、弱弱しく嘘の声を上げてみた。
「ああん???」
一番近くの赤いトサカ頭が、顔を歪ませてこっちに近づいてくる。
他の連中も一斉に、狂犬が発するような濁った眼差しを向けてくる。
……そりゃあそうだよなあ、それで許してくれるんなら苦労はないよ。
震えながら、2、3発で済めばいいなと歯を食いしばった。
と、その時、映画のスローモーションシーンのように、人影が宙を舞った。
白くて肉感的な脚を空中に滑らせて、それをにへら顔のパンチパーマの男の顔面に衝突させた。
短いスカートがずれ上がり露わになった太ももの間から、白い布地がモロに顔を覗かせた。
その蹴りは立て続けに二人、三人と巻き込んでいって、ガタイのでかい輩に次々と地面を舐めさせていく。
人影の主は、楠真鈴。
小さな体を跳ねさせて、華麗な脚さばきで蹴りを見舞った。
「てめえ!!」
掴みかかろうとするスキンヘッドの男の腕をするりとかわし、顎に一発拳を見舞う。
すると男の体が一瞬宙に浮き、そのままズシリと鈍い音を立てて、地面へと沈んだ。
何が起こったのかよく分らずに、呆け顔で棒立ちになっていると、目の前にいた赤いトサカ頭が、ポケットから鈍く光るものを取り出した。
―― ナイフ!?
鋭利な刃先をちらつかせて、楠さんの背後へと迫る。
それはダメだろう!!!???
その瞬間だけ、気弱で根暗なモブの自分はどこかへと行ってしまって。
無意識に体が動いて、気がづくとその男に後ろから掴みかかっていた。
「て、てめえ! 何しやがる!?」
もみ合いになって、そのとばっちりで男のナイフが、俺の右腕をかすめた。
「うわあああああ!!!」
右の前腕に鋭い痛みが走って、赤い線のようなものがジワリと浮かんだ。
―― 痛い。けど、こいつを離すと彼女たちが ――
『グワシャ!!』
いきなり鈍い音がして、赤いトサカ頭の男が俺の方に倒れ込んでくる。
一緒に倒れ込みながら、ふっと目に飛び込んできたのは、楠さんの蠱惑的な姿……
身体を横倒しにして片足を高々と上に持ち上げて、見せパンとは思えない白い下着がこちらを向いていた。
どうやら彼女の一撃が炸裂して、俺も一緒にふっ飛ばされたらしい。
それから仁王立ちして腕組みをする楠さんに、不良男たちはたじたじになって、「覚えてろよ、クソ!」と捨てゼリフを吐いて、よたよたと去って行ったのだった。
次の更新予定
天真爛漫なお嬢様とツンデレメイドと体育会系幼馴染が、俺の日常を壊してくる まさ @katsunoi
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