第1話 お嬢とケルベロスと幼馴染と

 高校2年生のクラス替えで、この俺、剣崎秀平けんざきしゅうへいは3組になった。

 私立鈴城しりつすずしろ学園高等学校の中で、このクラスは今、熱い眼差しを浴びている。


 その理由は、学園内でトップクラスの人気を誇る美少女たちが、三人も揃っているからだ。


 そんな中でもカーストトップのど真ん中にいるのは、間違いなく大河内沙羅おおごうちさらだろう。

『大河内グループ』、噂ではこの国の政治にも口出しできるほどの力を誇っているといわれる、財閥の御令嬢だ。


 でも大河内さんはいつも優しいし、穢れを知らない天使のような笑顔と言葉でみんなを和ませてくれて、いつだってたくさんの学友たちに囲まれている。

 さらさらで長い黒髪を棚引かせて廊下をいくと、その場の全員が彼女に視線を向ける。

 宝石のような透き通る眼差し振りまいて、春の残り香のような空気を残していく。

 学園の規則通りに、白いシャツに赤いスカーフ、膝丈のタータンチェックのスカート、それらが細くて華奢な彼女の肢体を上品に包み込んでいる。


 絵に描いたような清楚系お嬢様だ。

 財閥のご令嬢といった、お高くとまった空気は全然ない。

 そんな彼女を、みんな陰では、敬意と憧れの念を込めて、『お嬢』と呼んでいる。


 お嬢の魅力なのか、それとも玉の輿で人生逆転を狙うのか、その意図は測りかねるけれど、そんな彼女に言い寄る男どもは数知れない。

 けれどそのほとんどは無残に撃沈されて、累々と屍の山を築いていると聞く。


 それは、彼女自身の気持ちもさることながら、別の美少女、楠真鈴くすのきまりんの存在があるからだろう。


「あ、おはよう、大河内さん!」

「おはよう大河内さん、今日も綺麗だね!」

「きゃあ~~、大河内さん、おはよう!」


 お嬢が姿を見せると、教室の朝の空気がいっぺんにそっちへと引き寄せられる。


 窓際の机に座って、それまで読んでいたラノベからちらりと目を離して一瞥して、また視線を元に戻した。

 いつもの日常だ、でも俺には関係ない。


 おお~、夏のお祭りで二人きり、ラブコメには欠かせない場面だよな。

 りんご飴を買って二人で一緒に食べて、花火……

 甘酸っぱい青りんごの味、そんなきゅんとした心が伝わってくる。


「おはようございます、みなさん。ごきげんよう」


 鈴の音が響きわたるような挨拶が流れて、お嬢が自分の机で肩掛け鞄を下ろすと、学友たちがそれを囲む。

 ―― のだけれど、みんなどこか、一歩引いている感じがする。


 彼女のすぐ隣の席から、青い髪の美少女、楠真鈴が、鋭い視線を放っているんだ。

 それ以上近寄ったら噛みつくよ、そんな空気感を全身から出しながら。


「あなたたち、沙羅様は授業の用意があるの。あまり邪魔はして欲しくないわよ」


 氷の刃のような冷たさをはらむ一言が、取り巻きの胸にグサグサと突き刺さる。


 楠さんは、ロリっぽい甘いマスクに豊満極まりない曲線美のボディと、それには似つかわしくない凛として辛辣な物言いがギャップを生んで、お嬢とともに絶大な人気を誇る。

 なぜ校則違反でしょっ引かれないのかと思う青色の髪に、膝上20センチの短いスカートがトレードマークだ。


 いつもお嬢とべったり一緒にいて、彼女の専属メイドと称している。

 お嬢に言い寄って来る男どもに噛みついて、時には告白の現場まで乗りこんで行って蹴散らす、そんな番犬のようにも見える姿から、『ケルベロス』の通り名までついているんだ。


 いつもの光景は無視してラノベの純愛場面に心を移していると、聞き慣れた声が俺を呼ぶ。


「おい秀平、持ってきたぞ」

「おお、ありがとう」


 声の主は城ケ崎聖斗じょうがさきせいと、陰キャカースト底辺を共に味合う無二の親友だ。

 そして、清純派ラブコメの主人公として出てきそうな高貴な名前とは真反対に、こいつの中身はエロの塊だ。


 机の上にぽんと置かれた紙袋の中は、奴がおススメする本が入っているのだろう。

 多分、その中味は想像がつく。

 イチャラブハーレムやり放題物か、ヤンデレ美少女を好きにいたぶる系か、年上のお姉さんに色っぽく言い寄られて沼にはまる話か……どれもお色気描写が満載だろう。


 どちらかというと純愛系の話が好きな俺とは趣味が違うけれど、たまにこうして気に入った本を貸し借りし合っているんだ。


「『十年ぶりに再会した幼馴染が激エロギャルに変身して俺の股間を直撃してくる』はいいぞお! 紗理奈ちゃん、イメージと挿絵がぴったりで、エロ加減が絶妙なんだ」


「その絶妙って、どういう意味でだよ?」


「なんかこう、男心を知っていて、でも恥じらいも残っていて、ためらいながら体に触れてきて、だんだんと大端になっていくっていうのが……」


「分かった。後で読むから、その辺にしといてくれ」


 開け放たれた窓から初夏の空気を吸いながら、物語の主人公がヒロインに恋心を伝える場面に想いを寄せていたのだけれど、こいつの邪魔で一瞬にして桃色満載の情景に塗りつぶされてしまった。


「今度俺も持って来るよ」と伝えると、聖斗はにまっと口の端を歪める。


「秀平、今日の夕方は暇か? フィギュアを2、3物色したいと思うのだが」


 ……ああ、アニメのヒロインのフィギュアだろうな。

 一度こいつの家に行ったことがあるけれど、こいつの部屋の壁際には、あまたのアニメのヒロインたちが鎮座していた。


「すまん、今日はバイトが入っているんだ」


「あれ? 今日って、お前バイトの日だっけ?」


「なんか別のバイトが一人急病らしくてな。それで店長から緊急招集がかかったんだ」


「そうかあ……なら仕方がないな。我がしもべのハイエルフとアークウィザードと一緒に、物色してくるとしよう」


 多分こいつの空想の中でのしもべは、どちらも美少女であられもない姿をしているのだろう。

 R18の指定をされてしまうような。


 ともかく今日は、俺は予定があって付き合えないんだ。


 数学、社会、体育、古文……

 いつもと変わらない退屈な授業風景をこなして、今日最後のホームルームを終えた。


 今日は日直だったので、もう一人の日直の女の子、七瀬唯織ななせいおりと一緒に日誌を書いて、職員室まで持って行く。


「秀平、あんた相変わらず恰好悪いね」


「それは全く否定しないけど、具体的にはどのことを言ってるんだよ?」


「だって、数学の問題を当てられて間違えてたし、体育では空振りしてボールじゃなくて地面を蹴ってたし。それに相変わらず一人で本ばっかり読んでるね」


 余計なことをよく覚えてるな。

 前の二つについては認めるけども、最後のはどうなんだよ?

 俺はただ、他人に干渉されずに、自分の世界に浸っていたいだけなんだ。


「そんなの今更だろ? あえて人の弱みをほじくって、傷を広げないでくれ」


「あはは、相変わらず、変わんないね」


 俺と唯織との付き合いは結構長い。

 小学校一年生で出会ってから、ずっと同じ学校に通っている。

 家が近所ということもあってよく顔を合わせてきたけれど、いわゆるラブコメの幼馴染のような甘い関係では全くなくて。


 高校に入ってすぐに、「私彼氏できたから」と言われて、別のクラスになったこともあって、疎遠になっていた。

 それがまたこうして、並んで廊下を歩くことになるとはなあ。


 ずっと一緒にいて、いつかは友達の垣根を越えて……

 そんな淡い幻想を抱いていた時期もあったけれど、現実はそう甘くはない。


 そんな唯織も、学園で噂になる美少女の一人だ。


 ウェーブのかかったショートボブは活発な彼女のイメージと合っていて、成績もよくてスポーツ万能だ。

 陸上部に所属していて、夏の全国大会に出場するんじゃないかとの噂もある。

 大きな胸を揺らしながら校庭を走る姿は、よく男子の会話に上がるんだ。


 そんな美少女たちが集うクラスで、俺はモブキャラとして静かに過ごしている。

 今日もそんな感じだ、さっさと切り上げて、いつものバイトに行こう。


 そう思っていたけれど、今日はちょっと、そんな感じではなくなったんだ。

 この時の俺は、そんなことを知る由もなかったのだけど。




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(作者よりご挨拶です)


本作にご訪問を頂きまして、誠にありがとうございます。

よろしければご愛顧を頂ければ、とても嬉しいです。

気になって頂けましたら、応援やフォローやご評価等、何卒よろしくお願い申し上げます。


なお一点お詫びです。

プロローグの最後の部分を、一部修正させて頂いております。

皆様にはご不便をおかけしまして、申し訳ありません。


引き続き、どうぞよろしくお願い申し上げます。





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