第4話 姉貴

「わぁ、キレイにしてるんだね」


「そ、そうかな?」


 俺の部屋を見て、感心した佐々木。そんな彼女の言葉に答えつつ、内心では俺も大いに感心する。いや、感動をする。


 スス、スゲェ・・・。いつもと全然違う・・・。ありがとう、姉貴!


 見事なまでのベッドメイキング。床はおろか、勉強机や小さなテーブルの上も散らかってはいない。その上、至るところに塵一つすらも存在しない。更には、部屋中にフローラルな香りが漂っている。これだけの掃除をしてくれるなんて、感謝をしても、しきれないくらいだ。しかしながら・・・。


「お花、いつも飾ってるの?」


 小さなテーブルの上には、洒落た花瓶にけられた赤い薔薇が二本。


 だから気合いが入りすぎだって、姉貴!


「いや・・・。ご、ごくたまに・・・」


 なんとか誤魔化そうとしたが、それは無理かもしれない。なぜなら誤魔化さないといけないモノは、花瓶の薔薇に限らないからだ。


 床の隅には、これまた洒落た照明器具───やや縦長のランプシェードが置いてある。そして勉強机の上には、フローラルな香りの元となっているであろうアロマディフューザー。一体どこから持ってきたんだろうか・・・。まぁ、姉貴の私物なのだろうけど。


 散らかってはいないが、余計な物がいくつかある。これではまるで、お洒落な大人の女性の部屋である。流石にやり過ぎだろうに。とはいえ、この部屋をセッティングしたのは、姉貴───つまりは大人の女性なので、こんな仕上げになっているのだろう。俺は男子中学生なのに・・・。


 そんなことだから佐々木は物珍しそうに、あちこちを見ている。中でも、やはり気になっているのは洒落たランプシェードやアロマディフューザーのようだ。それらは男子中学生の部屋には不釣り合いな代物である。だから佐々木はマジマジと見ている。


「と、とりあえず、座れば?」


「うん」


 自室をあまり観察されるのは、なんとも気恥ずかしい。それに、ランプシェードやアロマディフューザーのことをツッコまれても困る。だから佐々木の注意を逸らすため、小さなテーブルの両側に置いてあるクッションへと彼女を促したワケである。


 しかしながら、そのクッションも中々の曲者くせものである。白とピンクを基調とした、ハート型のクッション。そんなモノが男子中学生の部屋にあるのだから、佐々木からすれば俺こそが曲者くせものだろう。


 姉貴! もう少しチョイスを考えてくれ!


 だけどまぁ、そんなクッションであっても、座ってしまえば視界からは消える。ということで、とりあえず彼女を座らせることに成功した俺は、次の行動へと移る。


「飲み物とか持ってくるから」


 そう言って、部屋を出る。密室にて佐々木と二人きりという状況は、なんとも心臓に悪い。ドキドキとしっぱなしである。まぁ、そのうちのいくらかは、俺の部屋には不釣り合いな代物のせいなのだが。しかし大半は、やはり佐々木がいるためである。これでは心臓への負担が大きすぎる。このままでは、今日中に死んでしまうかもしれない。よって俺は、緊急避難をしたワケだ。まぁ、ウェルカムドリンクを用意しないといけないことに代わりはないので、どうせ一度は部屋から出ないといけないのだが・・・。


 扉は開けておこう。色々と運んでくることになりそうだし、両手が塞がるだろうからな。






 キッチンに行くと、姉貴がオーブンレンジと、にらめっこをしていた。なにやらブツブツと呟きながら。


「失敗しちゃいけない、失敗しちゃいけない。今日を逃したら、もう女のコは来ないかもしれない・・・」


 なんか怖いぞ、姉貴・・・。


 気合いが入りすぎて、もはや怖いくらいになってしまっている姉貴。俺が自宅に女子を連れてくるなんてことは、今回が初めてのことである。だから姉貴は気負っているのだろうが、もう少し冷静になって欲しいものである。流石に今後、自宅に女子を連れてくる機会が二度と訪れないとは限らないのだから。しかしながら姉貴が気負うのも、仕方がないことなのかもしれない。なぜなら姉貴は、俺の親代わりといってもイイ存在だからだ。




 俺たちの両親は、四年前に亡くなった。二人同時にだ。それは、自動車事故によるモノ。結婚記念日に、二人だけの旅行に出掛けた先でレンタカーの運転中、大型トラックに真横から突っ込まれたのだ。両親に過失は全くなく、相手の信号無視が原因。飲酒運転だったとのこと。両親が乗っていたレンタカーは大破し、二人は即死だったらしい。そのとき俺は小学四年生、姉貴は大学一年生だった。


 そんなこともあり、それからというもの、姉貴は大学に通いながら俺の面倒を見てくれていた。そうして今春、晴れて姉貴は大学を卒業し、今は一日中、家のことを色々としてくれている。




「あ、修治しゅうじ。もうすぐ焼き上がるからね! お姉ちゃん、やるときはやるからね!」


 いや、俺のことよりも自分のことは? 恋人でも作れば?


 しかしまぁ、折角やる気になっているのだから、水を差すのは忍びない。なんだか楽しそうではあるし、ここは任せておこう。それに、気負っている姉貴のお陰もあってか、俺の方は幾分落ち着きつつある。初めて女子を自室に招き入れた割には。


「部屋、ありがとな。片付けてくれて」


 なんだか照れくさい。こうして面と向かって礼を言うなんて、そうはあることじゃないからだ。


「なに言ってるの、それくらいイイわよ」


 穏やかな笑みを浮かべ、さも当然のように言った姉貴。その顔を見て、改めて気付く。俺の『助けたい誰か』は、ここにもいたのだ───と。これからは少しくらいは姉貴を助けられるように、俺も勉強を頑張っ───。


「あ! とりあえずエッチな漫画は、お姉ちゃんの部屋に置いてあるから」


 違いますけどっ!! あれは少し過激なシーンが多いだけで、エッチな漫画じゃありませんけどっ!! 全年齢対象の漫画ですけどぉっ!!


 何故か俺の愛読書の内容を知っていた姉貴に対し、心中で届く筈のない言い訳をした俺。その後、一定以上の顔の火照ほてりを感じながらも、手頃な大きさの盆を用意し、コップに注いだ飲み物とちょっとした菓子を乗せて、俺は自室へと向かう。






「ニャニャッ! ニャーニャ! ニャニャニャニャッ!」


 階段をのぼっていると、俺の耳に奇っ怪な声が飛び込んできた。いや、言葉こそ奇っ怪なものの、声自体は可愛らしい。その声は、佐々木のモノだ。一体なにをしているのだろうか。もしかして、ダマシヤが戻ってきたときのためのシミュレーションでもしているのだろうか。


 少し戸惑いながら階段で立ちすくんでいると、またしても声が聞こえてくる。


「なぁー」


 些か野太いながらも、それなりに甘い声。今度はダマシヤの声だ。俺がキッチンに行っているあいだに帰ってきたらしい。それにしても、既に佐々木と接触しているとは抜け目がない。変なことをしていないだろうな。そんなことを思いつつ、自室へと入る。すると、なんとも奇っ怪な光景が俺を待ち受けていた。


「ニャニャッ!」


「なぁー」


 床に仰向けで寝転がっている者と、その腹の辺りを両手で触っている者。そんな一人と一匹。しかしながら床に寝転がっているのは、ダマシヤではない。なんと、佐々木の方である。つまり、佐々木の腹部をダマシヤが揉んでいるのである。


 なにしてんだ、テメェ!!



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