35 真実は痛みだけではない

 一一○番通報を受けて岩垣が警察官たちと共に駆けつけてみれば、白河探偵事務所に所属する従業員、北村愛が叫ぶように自供を始めた。現場は混乱の渦に落とされたが、酷く怯えながら罪を告白する北村愛は事情聴取のため、一旦署に連行されることになった。

 またその場にいた林原、カオル、白河も含め事情聴取されることになった。白河に至ってはもう慣れっこなので、聴取した刑事も「またお前か」と呆れていた。だが、白河含める三人がシロだと分かると解放された。

 岩垣が署を出るともうすっかり夜は明けて、雨も上がっていた。


「やあ善男。お疲れ」


 不意に声をかけられ岩垣が視線を向ければ、警察署の出入り口のところに白河が立っていた。長い外套を着込んでおなじみのステッキを手にしている。緩い癖のある黒髪と、長い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳は、実に愉快そうに見えた。その美貌は朝の白い光に縁取られ、尚一層、美しさを際立たせている。岩垣は短く舌打ち、溜め息を吐き出す。いるとは思ったが、本当にいやがった。


「なんだい? ぼくがいると困ることでもあるのか?」

「お前の顔を見ているだけで疲れるんだよ」

「失礼なやつだなキミは。それを言うならキミの姿なんて酷いもんじゃないか。髭の手入れはなってないし、目の下には隈がくっきりと浮かんでいるぞ。どうせまたカフェインばかり摂って食べ物は菓子パンかカップ麺だったんだろう? ああ、今ならぼくのお気に入りの店のモーニングが食べられる」


 白河はまくしたてるように言うと「行こうか」と勝手に歩き出す。どうやらこっちの意見はまるで無視するつもりらしい。警察署からタクシーで移動して、白河探偵事務所の近くで下ろしてもらうと、喫茶「シャーロック」が見えてくる。緑色の看板は出ており、開店中を示す「open」の文字があった。

 扉を開くとカランカランとカウベルが鳴り、この店のオーナーである老紳士が笑顔で「いらっしゃいませ」と出迎える。店内は半分ほどが埋まっていて、白河は朝日が差し込む窓辺へと腰掛けた。窓はステンドグラスのように様々な色で彩られていて、太陽の光に透かせると万華鏡のようだった。


「良い天気だ。実にいい天気だ」


 そう繰り返すと白河は早速モーニングを二人分注文した。確かに、実に良い天気だった。 ほどなくして珈琲とホットサンド、ミニサラダにベーコンエッグがついたプレートが運ばれてきた。あたたかな湯気がたつ珈琲を飲むと、鼻腔に良い香りが通り抜けていく。白河は珈琲ではなく紅茶のようだった。もう随分と通っていて何も言わずとも分かるのだろう。良い店だ、と岩垣は思いながらホットサンドにかぶりついた。

 穏やかな朝だった。嘘みたいな平穏が、ゆったりと珈琲の香ばしい香りに混じって流れていた。店内に流れるクラシックの音楽は聞いたことがあるような、ないような。兎に角岩垣にはよく分からなかった。ただ、きれいなピアノの曲だと思った。


「ドビュッシーの『夢』だよ」


 紅茶のカップを置いた白河が、心を見透かしたかのように言った。いつの間にか白神のプレートは綺麗に空になっていた。少し憂いを含んだような、けれど優しい旋律だった。


「音楽はいいね。心を慰めてくれる。ぼくは芸術には疎い人間だけれど、こうやって美しい音楽に耳を傾けたり、名画を見たりすることは大好きだ。演劇なんかも好きだね。読書も好きだ。どれも、この世界から別の世界に連れ出してくれるものだから」


 そう言う白河の表情は、あんなことがあったというのに、いつもとまるで変わっていなかった。その端正な顔に、後悔や恐怖、不安、そういった負の感情は一切ない。ただ日曜のゆったりと朝を過ごすような、そんな穏やかさがあるだけだった。不気味なほどの穏やかさだったが、これが白河希なのだ。それを知っている岩垣もまた朝食を平らげると、食後の珈琲に手をつけながら早速、口を開いた。


「北村愛の件だが」

「どうせいつもと同じだろう?」


 全てを了承しているような口ぶりだった。そして情けないことにその通りだった。岩垣は苦々しく頷く。


「ああ、お前の言う通り北村愛は全てを自供したよ。どうやって被害者をおびき出し殺したのかも、すべて。凶器となったナイフも自宅で見つかったし、殺した母親と父親の遺体を隠した場所も教えた。警察も既に遺体は発見している。ただ」

「責任能力の有無だろう? なに、それは仕方ない。彼女は今やサイコパスでも健常者でもない。精神疾患を持っている……と弁護士は主張するだろう。実際似たようなものだしね。このぼくがそうしたのだから」


 琥珀色の瞳が笑みの形に歪む。きれいな硝子玉のような瞳なのに、岩垣はそれを恐ろしく感じる。そして恐ろしく感じて良いのだと思うし、白河自身もそう思うべきだと言うだろう。岩垣は珈琲で口を潤してから、問いを投げかけた。


「北村愛が発狂し、自殺する可能性はないのか?」

「それもいつも通りさ。ちゃんと彼女の精神には、ストッパーをかけてきた。彼女は自分自身の意思で自殺することができない。できないように、自己防衛本能を設けてきた。つまり北村愛はこの先ずうっと、自分が殺してきた亡霊に腹を切裂かれ続ける訳さ」


 此処の中でね、と白河はこめかみをとんとんと人差し指で叩く。


「だから仮に彼女が無罪になっても、彼女の地獄は終わらない。どんな感じなのだろうね。心が死に至りそうなのに生殺しにされ、身体は死んでくれない。ぼくはね、善男。人間は心が死んでしまえば、肉体が死ぬのは簡単だと思っている。心が折れてしまった時、人はどんなものにも勝てなくなるからね」


 ゆるりと形の良い唇に微笑を浮かべる白河に、岩垣は「そうかもしれねぇな」と返した。確かに人間はそうなのかもしれない。例え何か病に侵されようとも、肉体が損傷しようとも、心が先に折れてしまったら――後に待つのは絶望的な「死」だ。その死には希望の光も一切なく、ただただ、深い悲しみと慟哭と共に心中する。


 今回の被害者たちはきっと、生きたかった。きっと最後の最後の瞬間まで、生きたかったのだと岩垣は思う。そう思うと遣りきれない気持ちになる。同時に北村愛という女性について思いを馳せる。果たして彼女は生まれながらにしてサイコパスだったのか。母親の腹の中にいる頃から殺人鬼であったのか。


 こういう職業についていると、いつだって生と死が岩垣の前に在る。まざまざと見せつけられる。それでも、仕事について犯人を追っていけば、感情を排することができる。


 けれど白河はどうなのだろう。


 北村愛は供述の中で白河がサイコパスであり、非情な人間であり、悪魔であると何度も繰り返していたらしい。勿論それは北村愛の精神状況に問題があると見られた為、ほとんど相手にされていなかったらしいが――白河は今、一体何を思うのだろうか。

 それを聞こうと口を開きかける。だが、白河の声がそれを阻んだ。


「さて、この仕事をちゃんと片付けてこよう。善男。キミも『仲介人』として、最後まで見届けるだろう? 今回も、ね」


 紅茶を飲みきった白河は立ち上がってコートを纏うとステッキを手に取った。岩垣もくたびれたコートを纏って、喫茶「シャーロック」を後にした。

 外は朝の光が眩く、疲労のたまった目だけでなく全身に染み渡るようだった。もうすぐ冬が来る。時計を見るとまだ朝の9時前だった。岩垣は白河と共に、白河探偵事務所へと歩いた。こつん、こつん、とステッキでアスファルトの道路を叩きながら歩く白河の背筋はぴんと伸びていて、黒く柔らかな髪が朝の風に吹かれて揺れていた。琥珀色の瞳は陽の光を受けて不思議な色合いになっていた。昔、ネットの記事で見たことがある。グリーンフラッシュ、だったか。太陽が落ちたり、昇る直後に、緑色の光が一瞬輝くようにみえる現象というものだった気がした。岩垣は勿論、それがどういった色の輝きか想像もつかないが、朝日を受けた白河の瞳は薄い緑を帯びているように見えた。

 そういえば、緑の瞳は悪魔の瞳だとも、聞いたことがある。これについては本当に朧気な記憶なのだが、一体誰から聞いたものだったのだろう。

 白河探偵事務所に着くと、いつもの顔ぶれはいなかった。ただ一人、林原圭佑を除いて。


「ああ、他の従業員には、今日は定時より二時間遅く来て欲しいと言ってね」


 ちらりと白河の視線が時計へと向けられた。時計はもうすぐ9時丁度を指すところだった。岩垣は林原圭佑と改めて向き合った。


「希が世話になったようだな」

「いえ、それはオレの方ですよ。遺族を雇うなんて凄いですね、あの人は」


 コートを脱いだり身支度を調えている白河をちらりと見て林原は言う。


「白河所長は、魅力的な人だけど、怖い人ですね」

「あいつが魅力的かは分からんが、怖い、というのは当たっているかもな。だが」


 岩垣はそこで一拍おいてから、幼馴染みである岩垣善男として言った。


「あいつは、ちゃんと心がある人間だ。ただそれが表面上に出ないのと、妙な力を持っちまっている所為で、他人と距離を置こうとするところがある。ここの従業員は皆それを分かってくれているし、お前さんにも分かってほしいと思っている」


 そう告げると林原は目をまん丸くしてから、声を出して笑った。


「白河所長はいいご友人をお持ちですね。……でも、大丈夫です。オレ、初めて所長に会った時から、この人なら信じられると直感したんです」

「それは信じて良い直感なんだか知らんが」


 岩垣は白河に聞こえないよう、声を潜めて言った。


「あいつの幼馴染みとしちゃあ、そう思ってくれていると安心だ」


 それに対して林原は笑顔で応じた。こうして笑うと、年相応といった感じだ。そこで岩垣は不意に、目の前の林原に言わなくてはならないと思い、哀悼を口にした。


「杉本花菜さんのことだが……気の毒だったな」


 すると林原は笑顔を消した。けれど現われたのは哀しみではなく郷愁だった。


「花菜は……とても可愛い女の子でした。殺されなければきっと、何かを夢見たり、恋をしたり、結婚して子どもを設けたり……可能性の塊でした。オレと違って、彼女は幸福そのものみたいにいつも笑って、日々を送っていて……」


 林原はぽつりぽつりと、懐かしくも愛おしい思い出を零していく。


「花菜はオレにとって妹みたいな存在でした。いや、妹だったんです。これからもずっと、花菜はオレの妹で、だから……オレは知りたいと思いました。花菜がどうやって、だけじゃなく、どう思われながら殺されてしまったのか。白河所長にも言われましたが、奪った人間のすべてを知ることが救済の道になる訳じゃない。ただオレは救いを求めていたというよりも、真実を求めていたんです。何も知らないまま奪われることの虚しさの穴を、少しは埋めてくれると信じて」

「……少しは埋まったか?」


 問えば、林原は困ったように笑った。初めて見た、年相応の笑顔だった。


「ええ、半分くらいは埋まりました。哀しみと怒りと一緒に。でもずっとオレは、これを抱えて生きていくんです。これは花菜の痛みで、花菜のいた証拠だから、だからこそオレは生きなくちゃならない」


 生きなくてはならない、と林原は力強く繰り返した。岩垣はそんな林原に対し、自分がかける言葉は必要ないと察した。この青年は深く傷ついている。けれどその傷を負っても尚、生きるという光の方向を見ていたから、だから大丈夫だと思った。


「おい、キミたち。そこで談笑するのは結構だがね。そろそろぼくの依頼人が来るから、応接間のところにたむろしないでくれたまえ」


 白河が言うと、林原は少し逡巡した後、口を開いた。


「あの、オレも同席していいですか?」


 その申し出に白河はすっと目を細めた。


「何故?」

「したい、と思ったからです」

「それは理由にはならないな」


 だが、と白河は応接スペースの椅子に腰掛けると、


「断る理由もない。許可しよう。隣に座りたまえ」


 そう許可された林原は「ありがとうございます」と頭を下げると椅子に腰掛けた。殆ど同時に白河事務所の階段を、誰かがのぼってくる音が聞こえてきた。白河が「時間通りだ」と言うと、扉が開く。


 そこには第二の被害者である小林悠の姉、小林茜が立っていた。どうやら髪を切ったらしい。さっぱりとしたショートボブの黒髪は、小林茜の小さな顔を更に小顔に見せていた。愛らしくぱっちりと開いた瞳は白河の姿を見つけると、恭しく頭を下げて「ご無沙汰しています」と言った。


 白河はそんな小林茜を、岩垣にエスコートさせて応接間へと導かせると、四人全員が腰を下ろした。小林茜の対面に白河、斜め前に林原、そして隣に窮屈そうに岩垣が座っていた。小柄な小林茜の隣に大柄な岩垣が来るとか弱さが目立つかと思われたが、全くそんなことはなかった。小林茜は、瑞々しく伸びる若葉のようにすっと背筋が伸びていた。視線はまっすぐ白河を見据え、全てを受け入れる覚悟という広大な海を持っていた。


「元気そうで何より。さて、依頼の件だが、心の準備はもうできているね?」


 白河が確認するように問う。小林茜は静かに、頷いた。

 そうか、と白河は視線を伏せると持っていたファイルをテーブルに置いた。資料は黒いファイルに綴じられていた。表紙にも背表紙にも何も書いていなかった。


「其処にすべてが書かれているが、ぼくの口からも聞いておきたいかい?」


 重複になるかもしれないけれど、と白河は付け足す。

 小林茜の答えは早かった。


「あなたの口から聞かせてください。あなたが見たことも、すべて」


 揺るぎない覚悟が、小林茜の声音にはあった。強いひとだと岩垣は思った。それか、弟のために強く在ろうとするひとだとも思った。

 白河は静かに「分かりました」と言うと、小林茜を見た。唇が開いた。


「北村愛が小林悠を見た時、あなたでないことに酷く落胆しました。北村愛の狙いは小林茜という女性でしたから。けれど小林悠とぼくの背丈や体格が似ていることに気づき、北村愛は実験しようと思いました。北村愛は、姉である小林茜と保険契約について話があるからと言って家の中に侵入しました。リビングへと案内した小林悠の背中を三度、ナイフで突き刺すと、小林悠は倒れました。まだ弱々しくではありますが、生きていました。北村愛は服を剥ぎ全裸にすると、結束バンドで手首と足首を拘束し、腹をまず縦に裂きました。この時点でもう小林悠は殆ど息がありませんでした。けれど北村愛にとってそんなことはどうでもいいことでした。淡々と腹を横に割き、そこから四方に皮膚をめくり上げると、ネイルガンで釘打ちしました。赤い蝶々を完成させた北村愛はその後、小林悠とぼくとを重ね合わせて、ぼくを殺した後のことを夢想しながら自慰をしました。けれど金髪というのがやはり北村愛にとって興奮を生む要素では無く、荷物をまとめると家から立ち去りました。北村愛にとって、あなたの弟である小林悠の殺害は、ぼくを殺す時の為の練習に過ぎませんでした。そこに感情はありません。ラットがいたから研究のために殺した。その程度です。北村愛が小林悠を殺すときの感情はこの程度のものでした」


 残酷な言葉だった。そして白河は暗に、自分のせいで小林悠は死んだのだ、と言っていた。けれど白河は嘘偽りなく真実を、遺族である小林茜に向けて告げた。

 小林茜はきゅっと一文字に唇を引き結んで聞き届けたあと、口を開いた。


「それは、あなたの所為で弟が死んだということですか?」


 問いかけに白河は、


「そうともいえるでしょうね」


 否定することなくそう答えた。決して、小林茜から目を逸らさずに。

 沈黙が流れた。長くもあり、短くもある沈黙だった。


「けれど、弟が死んだのは私の所為、ということでもありますね」


 だって狙いは私だったんですから、と小林茜は言った。一筋、涙が落ちた。

 白河はそんな小林茜をじっと見詰めたまま、


「それは違います」


 ときっぱりと否定した。


「どうして」

「そんなの、殺すヤツが悪いからに決まっているからです。あなたを狙った北村愛が全て悪かった。弟さんは、そんな悪人に殺された。どう考えてもあなたの所為じゃない」


 当たり前のことだった。

 けれどそんな当たり前のことを忘れてしまうほど、誰かを失うということは悲しいことだった。小林茜はくしゃりと、泣き笑いみたいな表情をつくった。


「それなら、あなただって悪くないということになるじゃないですか」


 そう言って、泣いて、笑っていた。小林茜の瞳は濡れていた。きらきらと輝いていた。

 白河はそう小林茜に返されて、むむ、と唸ったあと顎をさすった。


「確かにそれは一理あるかもしれない」


 本気で言っているのか冗談で言っているのか。分からないが、小林茜は気分を害した様子は無かった。涙をぽろぽろと流しながら、変な人、と笑っていた。白河はそんな小林茜を見て目を細め、強ばって握りしめられたままの手にそっと手を重ねた。はっとした表情で小林茜が顔を上げると、白河が柔らかく微笑んで言った。


「あなたは誰よりも勇気のある人だ。だからどうかその光を忘れずにいてほしい。弟さんは暗い過去に置き去りになったんじゃない。あなたが生きて生きて、生き抜いて、やがて息を忘れた先にある未来で、待っているのだから」


 その瞬間、小林茜の目から涙が一滴だけ落ちて、止まった。まるでそれは朝露のように澄み切っていて、きれいだった。涙が止まった小林茜を見て、白河は触れていた手をそっと離す。小林茜はその手をさすって、それから、


「ありがとうございました」


 と言って深々と頭を下げた。白河は立ち上がると、ぽんぽん、と小林茜の頭を撫でて言った。


「ぼくはただ、依頼を守っただけだ。ぼくができるのは、それだけなのさ。さぁ、もうこんな辛気くさい事務所から出て行くといい。外は晴れ渡っていて、世界は明るい」


 そう言うと白河は小林茜をエスコートするように立たせた。まだ涙でその頬は少し濡れていたが、もうその瞳から涙は零れなかった。小林茜は調査結果ともいえる黒いファイルを胸に抱き、白河の手を取って立ち上がった。

 事務所の玄関まで見送ろうとしたところで不意に白河が、去ろうとする小林茜に声をかけた。


「また何か困ったことがあったら来るといい。勿論、何事もないことが一番いいんだけれどね」


 その言葉を受けて小林茜は目をぱちくりさせたあと、少し頬を紅潮させて頭を下げた。ありがとうございます。とその唇が動いて、それから今度は振り返らず立ち去っていった。 小林茜が去ったあと、白河はんん、と背伸びして天を仰いだ。


「それじゃあ最後の仕事、終えますか」

「っていうとあれか」

「あれ?」


 一人理解できなていない林原が不思議そうに首を傾げる。それを見た白河が今気付いたというように、にっと笑って口を開いた。


「林原くんも来るかい? 決して楽しい旅とは言えないけれど」

「旅、ですか?」

「そう。なに、大した距離じゃない。ただ寄る所が……そうだな、六カ所はある」


 林原はその数でピンと来たのだろう。


「わかりました。オレも行きます」


その答えが気に入ったのだろう。白河は鼻歌でも歌いそうな口調で言う。


「聡明なのはいいことだ。善男、キミも林原くんを見習うといい」

「うるせぇ。さっさと行くぞ」


 頭を叩こうとしたが、すっと避けられる。

 いつもこんな調子だ。


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