28 取り調べ
警察からの取り調べは警察署内で行なわれた。ドラマで見たような取調室は広さが三畳ほどの狭い空間だった。
白河とは別室で、愛は親切そうな刑事に「いつ・どこで・どうやって・どうして」と水橋祐子の自宅を訪れ、遺体を発見するに至ったかを尋ねられた。
愛は正直にそのまま告げた。祐子がネットストーカー被害に遭っていたことや、祐子との連絡が途絶えたことが心配になったことも含め、おおよそ全てを語った。
取り調べは案外早く終わり、待合室の廊下で愛が暫く待っていると、ようやく白河が姿を現した。隣には大柄の刑事――岩垣がついてきており、何か小言のようなことを言っているが、何を話しているかよく聞こえなかった。白河は面倒くさそうにそれを聞き流しながら、愛を見つけると軽く手を上げた。
「やあ、キミの方が随分早かったみたいだね」
「むしろ白河さんはどうしてこんなに時間がかかったんですか?」
愛が疑問に思ったことをそのまま言うと、白河に代わって岩垣が答えた。
「こいつは警察にお世話になることが多い問題児なんだよ。今のところ逮捕はされちゃいないがな」
フンと鼻を鳴らして強面に更に険をのせて言うが、白河はどこ吹く風といった感じで「喉が渇いてしまったよ。ああ善男。悪いが自動販売機の場所を教えてくれないかい?」なとど言っている。岩垣は呆れて物も言えないらしく、俺が行くからお前はここで待っていろと告げて、その巨躯を揺らし廊下の先へと消えていった。
「はーやれやれ、疲れたな」
どかっと愛の隣に座った白河は、懐に手を差し入れ何かもぞもぞしたあと、短く舌打ちした。もしかしたら煙草でも探していたのか、若しくは禁煙だと気付いたのか。口寂しさ追うにその長い指で唇をさすったあと、思い出したように声を上げた。
「さて、キミに聞きたいんだが」
「はい?」
「亡くなった時の水橋祐子の髪は黒色だったね? 以前は茶髪だった。染めたのか?」
問われて愛は正直に頷く。
「はい。ストーカー対策するのに、少しでも外見を変えた方がいいって……」
「それはキミが言ったのか?」
琥珀色の瞳が、愛を真っ直ぐに射貫いた。その眼にはなぜか、嘘がつけなかった。愛は少しの沈黙を挟んだあと、重々しく頷いた。
「……はい。私が言いました。その方が良いんじゃないかって……あのアドバイスが、良くなかったのかな。犯人はストーカーだったんでしょうか……?」
愛は祐子の遺体を思い出す。あの白い肌と赤い血と、それから黒髪を。
白河はというとそんな愛に慰めの一つもかけず、
「さぁね」
とだけ言った。その声には何の感情も含まれていなかった。
そのあまりの素っ気なさに怒りが爆発しそうになったが、タイミング良くと言うべきか。岩垣が自動販売機から戻ってきた。その手の中にはホットココアと、真冬だというのにコーラのペットボトルが握られていた。
ホットココアを愛に、ペットボトルのコーラを放るように白河へと渡される。うまくキャッチした白河は「どうも」と言って嬉々としてコーラを飲んだ。あんな死体を見たのに良い飲みっぷりだった。信じられない男だ。
「ったく、これで二人とも水橋祐子殺害の容疑者候補に挙がっちまったじゃねぇかよ」
ばつが悪そうに言う岩垣に愛は「え!」と声を上げる。
「私もですか?」
すると岩垣は申し訳なさそうに頷いた。
「あくまで視野には入れるという方向だがな。なにせ二人とも水橋祐子が亡くなった時点でのアリバイがないからな。勿論例のストーカーが一番怪しいと睨んでいるが……」
「まぁそのストーカーが十中八九、加害者だろうけどね」
「希……お前また適当なこと言ってるんじゃねぇぞ。毎度毎度こうしてお前が殺人現場に現われちゃ、幼馴染みの俺まで変な疑いをかけられるんだぜ」
「お二人とも幼馴染みだったんですね」
愛はなるほどと思った。だからこんなにも仲が良いというか、気の置けない関係なのか。
岩垣は苦々しく頷いた。白河は「そうなんだよねぇ」と溜め息混じりだった。愛はその二人の、気の乗らないような返事に困惑を示す。
「何でそんな嫌そうな顔をするんですか。いいじゃないですか、幼馴染み。素敵で」
「素敵?」
はっと笑ったのは白河だった。
「そうだね、確かに素敵なのかもしれないな。善男。実際今じゃぼくが犯人を見つける、キミが逮捕するという美しい様式美が整い始めているのだから」
「それってすごいことじゃないですか」
愛が素直にそう言うと、岩垣は「バカッ!」と声をひそめながら叫んだ。
「署内でそんなことを言うんじゃねぇ。あることないこと噂されちまうだろ」
「ああ、そんなことは気にする必要もないだろう。キミが噂されていることといえば、ぼくのこと……ああ、言い方が間違ったな。婦警の方々がキミの幼馴染みであるぼくにご執心だということだ。言い忘れそうになったが善男。今度女性警官の方に隠し撮りはやめてくれないかと言っておいてくれたまえ。バレていないと思ったら大間違いだ」
「なっ隠し撮りだと? ウチの奴らがそんなことするはずがねぇだろ」
「そうだといいんだけどねぇ」
白河は視線を横にスライドさせる。そこには二人組の女性警官がいて、スマートフォンが握られていた。女性たちは白河と眼が合うなり、脱兎の如く逃げていった。白河は視線を岩垣に戻し、「ね?」と言う。岩垣は後ろ頭をわしわしと掻いて「分かった分かった」と非情に面倒くさそうにだが了承した。
「それよりお前ら、気をつけろよ。水橋祐子が亡くなったということは、殺人鬼は案外身近にいるのかもしれねぇ」
「そうだろうね。ただ気をつけたところで殺人は未然に防げるものじゃないけれど」
皮肉たっぷりに白河はそう言うとコーラを飲み干した。その後、岩垣に「さっさと返れ」と追い出されるような形で警察署を出た。おそらく岩垣なりに心配してのことだろう。なにせもう時刻は夜の9時を過ぎていた。
白河は別れ際、
「ご友人のことは残念だったね」
とだけ言うと夜の街へと消えていった。
その姿が見えなくなるまで見詰めてから、愛もまた帰路へついた。
長い一日だった。
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