26 ──殺人鬼の独白:5──

 母はとてもきれいなひとでした。

 黒髪のうつくしい、あたたかい手をしたひとでした。

 父はとてもきれいなひとでした。

 黒髪のうつくしい、あたたかい手をしたひとでした。

 けれど母と父の繋いだ手はだんだんと離れていきました。そして離れた父の手の矛先は、自分へと向かいました。その手で折檻される度に、肌は赤くなりました。頭を殴られるとぐらぐらと脳が揺れて気分が悪くなりました。


 そんな日が幾日、続いたでしょうか。

 母はある日、父を刺しました。


 背中から何度も刺して刺して刺して刺して刺して刺して……それから気が狂ったように腹も刺し、切り開き、辺り一面血に染めました。真っ赤な血が至るところに散って、包丁を取り落とした母の濡れた赤い手は、赤い蝶のようでした。


 母は自分を連れ立って、車に父の亡骸を積み、山へと向かいました。田舎町の夜は暗く、雨が降っていました。ざあざあと、白く煙る雨の中を走る車はひっそりと父の遺体を運んでいきました。


 山道を走っていき、それから母と二人で父の遺体を埋めるために穴を掘りました。よく蝶を捕りに遊んだ、なじみ深い山でした。土の匂い、雨の匂い、森の匂い。それから血の匂い。全ての匂いが鮮明でした。

 雨雫が落ちて、葉にあたって弾けて、その中で母と自分の荒い息が聞こえて、土を掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って掘って………………ようやく父の遺体を穴に埋めて、濡れた土をかぶせていきました。

 母はさめざめと泣いていました。

 自分には母が泣く理由がよく分かりませんでした。どうして母が父を刺したのか、そしてどうして怯えているのかも分からなかったのです。


 恐怖する必要など、どこにあるのでしょうか。


 むしろその時の自分の胸に灯っていたのは――確かな、興奮でした。




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